ソロモンの守人 | ナノ

砂漠の夜は冷える。この寒さにもずいぶん慣れたものだと思いながら、ライラは松明の前で一人腰掛けて星を眺めていた。パチパチと火花が散る音、がやがやと遠くで男達が騒ぐ声も、ずいぶん下火になっていた。夕食からしばらく、まだちらほらと起きている大人が多かったが、多くは眠ってしまったのだろう。商隊の朝は早い。夜は見張りに任せて、さっさと寝てしまうのが一番だ。

「ライラ」

その声に、顔をついと振り向かせれば、全く見覚えのない顔があった。ずいぶんと長身な美丈夫で、身に余るほど巨大な大剣を背負っている。夜空よりも暗い、暗闇と同じ色の髪に、松明に照らされて、世闇にキラリと光る金色の瞳。炎に照らされても多少薄暗い暗闇の中でも、ひどく色白であることがわかった。ライラは怪訝そうに眉をひそめて、少し警戒の混じった目線を投げかける。彼女を一方的に知っている者達に、ライラはいい思いを抱いたことがないからだ。そんなライラの心情を知ってか知らでか、この人物はほとんど無表情のその顔を崩さずに「アラジンがやっと寝た。見張りを代わるから、君はもう寝た方がいい」どす、と音を起てて大剣を地に下ろすと、ライラのすぐ隣に腰掛けて、煙草に火を点す。ライラの中でもう一度そのセリフが脳内で再生されて、そして彼女は絶句した。ふう、と紫煙を吐き出して、「子供の前で吸えないのは辛いな」と独り言を漏らすこの目の前の人物の姿を、ぎぎぎと油の切れた車輪よりもぎこちない動きで上からしたまで眺めて、そして。

「アンタ…ジブライルか!」
「は?」

今度はジブライルが眉間に皺を寄せる番だった。銀色の髪留めでまとめられた黒髪、昼間は麻布に隠れて見えなかった鎧の上に付いた微妙なふくらみ。「っておい!いや、詐欺だろ!」ライラの叫びに、ジブライルはただ怪訝そうな顔をするほかなかった。

「どうした」
「いや、色々ギャップについていけないでいるだけで…なんだ…その」

ライラは言葉に詰まって、「……女だったのかよ…」低く小さな声で落とすように呟いたのは、申し訳ないような、納得がいかないような気分にさせられたからだった。「ああ、誤解を抱かせたならすまなかった」煙草の端を噛みながら、ジブライルはくすりと笑い声を零す。半ば楽しんでいる節があるらしいとライラは悟って、面白くなさそうに眉を寄せた。

「にしたって、なんでそんな格好してんだよ」
「言っていなかったか、私はとある王族の娘でな、顔を隠さずにはいられないんだ」
「ウソだ!」
「ああ、冗談だ」
「っ〜〜〜〜!なんなんだよ!」

怒るな怒るな。ジブライルはなだめるようにしながら、煙草の煙を吐き出す。立ち上る紫煙を見つめながら、口の端から笑い声を漏らした。目が細まっている。ライラの反応がいちいち面白いらしい。じとりとした目を向けられて、「なに、別に大した理由じゃあないさ。」と乾いた笑い声を一度だけ漏らした。

「いや、肌が弱いだけなんだ。日光にね、アレルギー反応があって」
「あれるぎー?」
「日焼けがひどくてね、皮膚が爛れる」
「そりゃあ…大変だな、アンタ」
「もう慣れたよ」

ふうう、と空に放たれた煙が鼻孔をくすぐる。ライラは相槌を打って、ジブライルを見上げた。何を考えているのかはわからないが、煙草を吸う様はとても様になっていると思った。しばらく観察していると、ちらりと視線を寄越されては、目が合う。とたんにばつが悪くなって視線を外すと、また笑いを零したようだった。

「サアサとの付き合いはもう長いのか?」
「あ、いや……そこまでは長くないんだ。少し前に…行き倒れてたところを、拾ってくれて…」

優しくて、可愛くて、芯の通った子なんだ。ライラは少し誇らしくなって言う。自慢の友だちだ、と言って憚らないその様子を、ジブライルは微笑ましげに眺めていた。

「アンタとアラジンは…?親子、じゃあ…ないよな」
「私はアラジンを任されている身だ」
「任されている?」
「あの子は……ライラも見ただろう?……少々、特殊でね。私は、彼を護る『守人』だ」
「もりびと?」

じ、と煙草を捩じ消す。ジブライルはライラに曖昧な笑みを浮かべて言った。「もう遅い。そろそろ、明日に備えて、寝た方がいい」話はおしまいだ、という合図のつもりだったのだろう。ライラは素直にそれに従うことにした。
ライラはジブライルを一度だけ振り返る。満天の星のもとで、金色の双眸だけが松明の明かりを受けて煌めいたような気がした。





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