ソロモンの守人 | ナノ

市場に着いて、ジブライルは早速アラジンを見失うことになる。迂闊だったとジブライルは頭を抱えたくなった。到着して、抱えていた(なぜかがっかりした表情の)アラジンを地に下ろしたのがいけなかった。さっきアラジンが飲み干した水筒の中身をまず補充しようと思って、酒場に足を運び、水を詰めて貰って金を払った時には既に、アラジンの姿はこつ然と消えていたのだ。

「まずったな…」

自分はまだアラジンの匂いを覚えていない。そしてそこまで、円も広くない。マゴイというものはジブライルの知っていたオーラと多少使い勝手が違うせいで、魔法使いでもないジブライルはかつての自分の半分ほどの半径でしか円を使うことができなくなっていた。
あいにくその半径の中にアラジンはいない。どこへいったのか、しかし彼はまだ年端も行かない子どもだから、きっとそう遠くへは行っていないだろう。けれどもっと問題なのは、ジブライルは彼に金を渡すのを忘れていたということだった。
アラジンはきっとまだ地上に不慣れだから、どこかで食べ物を見かけたら何も知らずに食べてしまうかもしれない。
自分はまったく、さっき番人、もとい『ウーゴくん』に彼を護ると言ったのにどうしてこうなった。ドヤ顔決めていた自分を殴り倒してやりたいと思いながら、こうしてはいられないとジブライルは切れ長の目を更に吊り上げる。

円を張ったまま走り回ってみつけた彼は、どうやら市場の食品売り場の中、店の中にいるようで、まさか…、と思ったその時に、悲鳴。嫌な予感がした。

そして、その二分後。

「誠に申し訳ない」

眉間に皺を寄せ、苦々しい目つきのジブライルが頭を下げる姿があった。どうやらアラジンが倉庫に忍び込み、商品の西瓜を幾つか食べてしまったのだという。アラジンは大量のオレンジを頭に乗せて、不思議そうにジブライルを見つめている。

「そんなに謝ることないですよ」
「もういいって、アンタにはちゃんと代金を払って貰ったし、そもそもそのガキも三日間タダ働きしてくれることになってたんだ」

元はと言えば、アラジンはこの世界に来たばかりで、世間を知らないのだから、仕方が無いといえば仕方が無い。ジブライルは「教えなければならないことが多そうだ」とひとりごち、行商の少女サアサとライラに向かって、申し訳なさそうに続けた。

「しかし…今回ばかりはわたしの失態もある。わたしも手伝わせていただきたいな。どうだろう、アラジンがただ働きの間、商隊の用心棒として置いていただけないだろうか……こう見えて、結構腕は立つんだ」
「そうか、そいつはありがたいぜ。最近物騒だしなぁ…」

ライラの視線が、路地裏に泳ぐ。ジブライルにもわりと記憶に新しい装束を着た男達がたむろしている。盗賊か、ジブライルは小さくつぶやいた。

「……最近じゃ、行き倒れたふりしてキャラバンに潜り込むような輩もいるらしいからな」
「そうそう、そのガキもそうなんじゃないかって思っちまったぜ」
「もうライラったら、こんな小さい子どもがそんなわけないでしょう?…ライラは優しいからキャラバンのことを心配してるの。悪く思わないでね」

サアサは膝を折ってアラジンに微笑んだ。アラジンは感心したような声を上げて、サアサになでられるがままにされていた。

「おねえさん、こわいカオだけど…友達思いなんだね!」
「そりゃどーも」

少しふてくされたようにライラが言った。まったくアラジンにはまず、表現をオブラートに包むということを教えた方がいいかもしれないとジブライルは苦笑しながら思った。



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