死屍累々と詰み上がった盗賊に再びウジ虫を見るような一瞥をくれてから、ドスンと音を立てて大剣を地に下ろした。彼女の一方的な攻撃をサポートしてくれた見覚えのある巨大な腕に目を向けると、するすると地面に落ちた金属で出来た笛の中に吸い込まれていく。それは自分のすぐ足下で、拾い上げようと手を伸ばした時に感じた、足元への違和感。 「おにいさん…食べ物を…食べ物をおおう…」 どうやら彼は飢えているらしい。ジブライルは自分の性別を間違われていることなどそっちのけであわてて自分の携帯食料、朝方購入した干し肉と飲み水を差し出した。 「ありがとうおにいさん!」 きらきらとした瞳でお礼を言われて、そういえば初めて自分がアラジンの声をきいたなあと感慨深い気分になる。ジブライルが金属でできた笛を拾い上げ、剣についた砂を払っている間にさっそく渡された干し肉にかぶりついたアラジンは、味気なく固いそれを食んで二口程。 「ま……まずい…」 素直な感想を漏らした。確かに、携帯食糧は美味しいと言えた代物ではない。ジブライルはリンゴをとっておくんだったと静かに後悔しながら、すまなかったと一言謝った。 そういえばここは盗賊団のアジトだったと思って、そこらに積まれた薄汚い箱に目を向ける。味はましかもしれないが、衛生面で怪しいものを子どもに与えるのはどうかと思った。ジブライルはどうしたものかと眉間に皺を寄せた。 「この先にオアシスがあるから、そこでましな食べ物を購入しよう。それまではそれで我慢できるか?」 「おにいさんはそこの人なのかい?」 「いいや、わたしは旅人だ。ジブライルという」 「僕はアラジン。僕も旅をしているんだ。よろしくね、おにいさん!」 「ああ。きみのことはよく知っているよ」 ジブライルは不思議そうな顔をしたアラジンの頭を撫でた。どこか覚えのあるその感触に、アラジンは首を傾げる。 「わたしは君のために遣わされた守人なんだ。私は君を導くことは出来ないけれど、君を精一杯護るようにと言われている」 「誰に言われたんだい?」 「君の友達に」 ジブライルはそういって、金属の笛をアラジンに差し出した。アラジンがありがとう、といって受け取ると、再びするすると隆々としたたくましい巨大な腕が一本、笛の先から姿を現す。ジブライルは驚いたようなそぶりも見せず、どこか嬉しそうに目を細めた。 「やあ、さっきぶりだね」 アラジンが不思議そうに見ている隣で、ジブライルは番人の中指の指先を握った。 「こうしてちゃんと巡り会えたから、安心してくれ。これからは私も全力をかけてアラジンを護るから」 ジブライルが手を離すと、巨大な指先はジブライルの頭をひと撫でして、再び笛の中にもどっていく。そのひと撫でが、日よけをぱさりと地に落とす。ジブライルは陽のまぶしさに思わず目を細めた。 「おにいさん、じゃなくて、おねえさんだったんだね」 「ああ、いつ訂正しようかと思ってたんだ」 しかしそう言うなり、アラジンは驚いていた。自分の知っているウーゴくんはとてもシャイで、女の人の絵を見たら恥ずかしさで真っ赤に赤面してしまうのが普通だったのに。女の人に触ったらどうなることかと思っていた。それがこのジブライルという人物に至っては、触れられるどころか自分から頭を撫でるだなんて。 「驚いたよ。ウーゴくんって、とてもシャイだから、女の人には触れないと思っていたんだ。ねえ、おねえさんはウーゴくんの知り合いなのかい?」 「そうなのか…初めて知ったよ。そうだね、彼とは生まれる前からの付き合いなんだ。きっとそのせいなんじゃないかな」 慣れってもんだと思うよ。ジブライルは日よけを被りなおしながら、苦笑していった。生まれる前からの付き合いなのに、私は彼の名前を今まで知らなかったこともそこに含まれていたのだと思う。 「さて、まずい干し肉はその辺にして、そろそろ行こうか」 「おいしいものがあるといいなあ!」 ジブライルは大剣を背負いなおして、アラジンは立ち上がる。市場の方まで、あるいて数十分という距離だろうから、ジブライルはアラジンを抱えて走ることにした。 晒しを巻いて潰されたジブライルの胸がずいぶんとまあ固かったことに、アラジンが衝撃を受けたのは言うまでもない。 ← ▼ → ×
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