ソロモンの守人 | ナノ

アラジンは飢えと渇きに苛まれて、ぶるぶると汗と涙を流しながら絶体絶命のピンチを迎えていた。
初めて地上に降り立ってこの世界というものに目を輝かせ、あれやこれやと観察していたのもつかの間、お腹の力を使ってウーゴくんとともにそこらを歩き回ってしまったのもよくなかったかもしれない。初めてみるもの全てが新鮮で、はしゃぎすぎてしまったのかもしれない。ともかくも、彼は早くも行き倒れの一歩手前にあった。目下の相手はどんな屈強な戦士でも敵わない、飢えと渇きという強敵である。人を捜そうにも、街を探そうにも、今自分がいったいどこにいるのかさっぱりわからないような砂山だけが彼の周りにはそびえていて、こんなときの頼みの綱になっただろう空飛ぶターバンを使う余力も、もう残ってはいなかった。
彼は熱い砂の上をあてどなくさまよって、もうほとんど倒れてしまうかもしれないと膝を折りそうになった頃、遠くに人影をようやく見つけることができた。きっとそこに行けば、飲み水と食べ物をわけてもらえることだろう。彼が読んだ本の中で、人は助け合って生きるものだと綴られていたから、きっとアラジンにも食べ物と飲み物を分け与えてくれることだろう。

「おにいさんたち…たすけて……」

しかしアラジンは大きな間違いをしていた。いや、場合によってはそれが最もしかるべき行動だったのかもしれない。なんせ彼は身一つでさまよっていたのだから。けれど彼はTPOという言葉を知らなかったから、この場においてはとてつもない間違いをしていたのである。そう、すべての人間がそう慈愛に満ちた心を持っていなかったということを、砂漠はハイエナが住んでいることを、自分が物乞いをしようとしている男達の格好が、それはそれは柄が悪い恰好であり物騒な様子であることを、アラジンは知らなかったのである。

「僕に水を…食べ物を……」

ほとんど倒れそうになっている小さなこの少年を見て、男達は笑いをこらえることができなかった。

「盗賊のアジトに来て『助けて』だとよ」

彼らの中の誰かが言う。なんたって自分たちは盗賊稼業を生業にしていたし、自分たちを見れば子どもは必ず怯えるものだったし、逃げ惑うものだというのが彼らの中での共通認識であったうえに、彼らにとってはそれが当たり前の行為だった。

「身ぐるみ剥いで売っ払え」
「……にしても、大した金にならねえな〜」
「こんなひ弱なガキ一匹じゃなぁ〜〜〜」

今飲んでいる酒だって、昨日今日と彼らの腹を満たしてきた食糧だって、こういう女子どもや老人、時によっては商隊などを襲って手に入れてきたものだし、こういった子どもを何人も売りさばいてきたから今日も飯がうまい訳だ。アラジンはもう意識がもうろうとして、自分が穏やかな状況にいないことすらもうよくわかっていなかった。
けれど。

「……畜生どもの分際で、何をしているんだ?」

その聞き覚えの無い声とその絶対零度の声色に、今まさにアラジンにシミターを突きつけていた男がからんとその剣とアラジンを取り落とした。彼はなぜ自分の両手が握力をなくしてしまったのか、その瞬間、まるで理解出来ずにいた。しかしそれが底知れぬ恐怖からであったことを自覚して、今自分の身に何が起きているのか、自分の背に何がいるのか、水を打ったような静けさに、男はあたりの空気が凍り付いたような気がして、振り返らずにはいられなくなる。
油のきれた機械のように男が首を回そうとした瞬間。彼の頭は凄まじい横殴りを喰らい、となりで同じように固まっていた男共々吹き飛ばされた。
男達は一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。つい先ほどまでそこに居たはずの大の男二人が、日よけになって居心地よい、崩れかけて風通しのよい彼らのアジトの煉瓦作りの壁に頭をめり込ませているという状況は、どうにも受け入れ難い行光景であることは間違いなかった。そしてひょろりとした背の高い、優男ともとれそうな人物の無表情に、そして影に隠れた金色の瞳が爛々と輝いていることに戦慄した。武者震いなどしている場合ではなく、彼らは体の芯から震え上がった。けれどなけなしのプライドがそこに踏みとどまらせる。

「おうおう兄ちゃん、やってくれるじゃねーか」

曲がりなりにも彼らは盗賊だったし、白髭盗賊団ともなれば巷ではそこそこお尋ね者にされるくらいの認知度ではあった。誰かがポツリと現実に引きもどされて、そこからは彼らのいつものペースだ。ビビるなんてことがあったって、こんな優男一人に自分たちがやられてしまう訳が無い。彼らのプライドはそう物語っている。

「テメエぶっ殺すぞ!?ァア?」
「野郎どもやっちまえ!たかが一人だ!!」

そういって次々にシミターを抜く男達に、ジブライルはウジ虫でも見るかのような目線をくれてから、背中に背負っていた大剣の柄に手をかける。刃に巻かれた布はそのまま、抜刀せずにそれを振りかざした。
それを遠目に見ながら、アラジンは薄れゆく意識の中で、自分の笛を握りしめる。

そうして大の男達の、更なる悲鳴が上がることになった。




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