純然たる誠実に告ぐ | ナノ

「やはり彼が心配だ、ポルナレフを探して来ようと思います」

アヴドゥルがそう言い出すまでに、時間はかからなかった。

「"ポルナレフを挑発した"ということは、既にポルナレフに勝つ"確信がある"ということ!"彼を知り尽くしている"ということ!このまま見殺しにすることは、私にはできない!」

"彼の手助けをする"のに対してそこまでの"義理"があるのだということを主張する言い分とは二階堂には到底思われなかったが、アヴドゥルらしい意見だという評価を下して息を吐く。「ああ、それに関してはわしも賛成だ」ジョセフが深く頷いて続けた。

「それに、敵がどこに潜んでいるかもわからん今、いずれにせよ、わしらも戦わねばならん」

二階堂は静かに同意の意を表す。ポルナレフに同情の余地は微塵もなく、彼に手を差し伸べるつもりなど小指の爪ほどにもなかったが。今回ばっかりは彼女にも責任がないとは言い切れなかったからだ。もしも、ユノーが"吊られた男"を引き寄せたのだとすれば、それは二階堂にとってそれは"不誠実"以外の何者でもない。今回の件に自分に非がないとはいいきれないし、彼女がそれを何よりも嫌っているのは、花京院も知ってのことだったのだろう。関わった以上最後まで誠実を突き通すのが、彼女の信条だ。彼女はずっと昔から、ユノーがバラまく不誠実の種を叩き潰すために奔走してきた。いつものように諦めたようなため息を吐いては、静かに花京院を見やる。寸分違わず視線が交わり、彼は目で頷いて、口を開いた。

「それならば、こうしましょう。二手に分かれて、片方がポルナレフを追う、片方が警戒しつつ、敵を探す。敵が一人であるとは限らない今、ポルナレフのもとに一斉に全員で駆けつけるのでは、不利になるかもしれない」
「そうはいっても…今となってはポルナレフの居場所が分からんじゃあないか」

口角を上げて不敵な笑みを浮かべた花京院は、彼のスタンド、ハイエロファントグリーンを発現させた。その下半身は既に細い蔓のような繊維状になっていて、きらきらと緑色の細い道筋を垂らしている。

「既にハイエロファントの触手が伸びています。後を辿れば、すぐでしょう。そう遠くはない筈です」
「それなら異論はないな」

承太郎が頷いて、「それでは私と花京院、要でポルナレフを追うとしましょう」言い出すなり、アヴドゥルは早速走り始めた。

「ぼくたちも後に続こう」

花京院に頷いて、間もなく。先を走っていたアヴドゥルが角を曲がったころのことだった。
銃声のような音が聞こえて、「まずいな、既に交戦状態に入っていたか…」二階堂の右手が袖口に仕込まれたダガーを握り込む。花京院が角を曲がった、その時だった。「アッ」花京院の声に二階堂が視線を上げる。彼女の目に飛び込んできたのは、炎を纏うマジシャンズレッドと、そしてアヴドゥルに迫る弾丸、そして水たまりに映ったスタンドが、彼の背を貫いて、そして。

弾丸がアヴドゥルの額を抉った、その瞬間であった。

二階堂にはやけにその瞬間が長く感じられた。アヴドゥルのヘアバンドが宙を舞う、呆然と立ち尽くすポルナレフ、そして倒れ伏したアヴドゥルに駆け寄る花京院。ほとんど反射的に投擲したダガーが水たまりに波紋を作る、しかしそこに既にスタンドの姿はない。

「アヴドゥルさん!バ…バカなッ!」

アヴドゥルからは動く素振りを見られない、つまりは――そういうことなのだろう。ポルナレフが滂沱する一方で、二階堂は至って冷静であった。ぐるりと現場を見渡しては、ユノーを発現させて走らせる。我々に必要なのは戦略的撤退で、おそらく、ポルナレフはもう、すっかり頭に血が上ってしまっているからには説得が極めて難しい。それにユノーでは"吊られた男"の能力に対抗する術が見当たらないのが厄介だ。宝石の反射が確認出来なくなったところで、二階堂はまず、リスクの分散を考える。二対三とはいえ、冷静でないポルナレフを護りながら戦うというのはずいぶんと勝算を見込むにはほど遠いし、彼の強みはそこではない。

「花京院、あのトラックで逃げる、それが一番だ。まずあの頭の沸いた野郎に水をぶっかける必要がある」

水たまりを踏みつけた二階堂が花京院に耳打ちすると、彼は「僕もそれを考えていたところだ」という意図を含んだ頷きを返す。四人と相対するように居を構えたアメリカ西部のガンマン風の男――先ほどの銃声はこの男によるものであろうとは、イヤでも察することができた――が煙草を咥えながら薄ら笑いを浮かべた。

「ま!人生の終わりってのは、たいてーの場合あっけない幕切れよのォー。さよならの一言もなく死んでいくのが普通なんだろーねえー…、ヒヒ……悟ったよーなこと言うよーだがよォ〜」

聞く意味はない。二階堂はそう判断して、二十メートルほど離れたトラックに忍び込んだユノーに意識を集中させる。花京院が必死にポルナレフを説得する、三人でここを離れるのが、あくまでもベストだと花京院は考えていたが、それは彼女とは異なっていた。

「カモォン、ポルポルくぅ〜〜ん」

ポルナレフはぐっと堪えるような表情を作った。いくら逆上していたとしても、まだ抑えをきかすことの出来る理性というものがある、ギリギリの線上に立っているのだろう、しかし次の瞬間、彼は窓に釘付けになる。

("そこ"に居るのであれば、瞬時にこちらを追ってはこれまい)

そう判断した二階堂は速やかにベルヴォルペ・ユノーを発動させる。狐と自身を入れ替えては、全力でアクセルを踏みこみハンドルを切った。視界の先で花京院がエメラルドスプラッシュをポルナレフに向けて放つ。あれくらいの痛み、耐えて貰わねば困ると、鼻で笑って、二階堂は助手席に花京院を迎え入れる。

「花京院、運転は出来るな?」
「もちろん出来るが…何故……まさか…要ッ」

彼女の狐がポルナレフに触れる。花京院が二階堂と入れ替わり、そして助手席に移動した彼女は更に、自身とポルナレフを入れ替えた。
花京院が予想外だと目を見開いたまま、対して二階堂は「バトンタッチだ」言葉を遺して不敵に笑う。それを確認したのだろう、ぐっと口を一文字に結びこんで頷いた花京院の締まった顔がバックミラーに映ったのを見届けて。
トラックはそのまま走り去る。

そして二階堂は、静かにガンマン"ふう"の男を見据えた。






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