純然たる誠実に告ぐ | ナノ

雨は一向に止む気配はなく、二人を囲む少し肌寒いくらいの空気はしっとりと濡れていた。ようやく人心地ついた二階堂は、花京院の言葉をもう一度頭の中に分解して考えてみる。二階堂は、彼と何をどう話したらいいのかわからなかったけれど、自分が気になっていることは幾つかあった。どうして花京院にはこの狐が視えるのか、似たようなの、というからには、やはり彼も狐憑きなのか、それとも、何かまた違ったものなのか。彼も前世の記憶を持っているのだろうか、疑問は尽きなかったが、心の中にぐっと押し込んで花京院を睨みつける。二階堂はいままで、誰にも心を許さなかったのだ。そうホイホイと他人を信用するような子供だったのは、もう数十年も昔の記憶の中に佇む何も知らない少女だけだった。

「そんなん、無駄だよ。私にはべつに君と話すことなんて、ないもの」
「無駄じゃあないよ、だって君のそれ、他の誰にも見えないんだろ?それとも、君の家族には見えているのかい?」
「誰に見えていようといなかろうと、君に見えていようとそうじゃなかろうと一緒だよ、だからなんだっていうんだ」

二階堂は静かに花京院を拒絶した。二階堂は一人で生きていくつもりだし、この能力のおかげで別段困ることなど何もなさそうな人生だ。今更こんなものの正体を知ったところで、何も得することなんてないじゃないか。彼女は詭弁を並べる。けれど花京院にむっとしたような表情は浮かばない。仕方ないといった風に肩を竦めて昇降口の外を一瞥した。つられて二階堂も視線をずらすと、雨が一層激しさを増している、思わず顔をしかめた二階堂に、花京院は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた。

「傘、持ってないんだろ?」
「……」
「雨もひどくなってきたことだし、このままだと僕たちまで帰れなくなってしまう。僕のでよければ使いなよ、もう一つ置き傘に持ってるんだ」

そういって差し出された傘を特に断る理由がなかったので、二階堂はどうしようか躊躇する。右手を伸ばしかねているうちに、もぞもぞと手を握っていた狐がぶるりと体を震わせた。

「あっ」

思わず声が漏れる。気づいた時には既に狐が花京院の手の中の傘と入れ替わってしまっていて、二階堂は苦い顔をした。花京院の掌には二階堂の狐、少し驚いたような顔をして、花京院は狐の尾に手を伸ばす。

「わあ、毛並みまでちゃんとあるんだね。なんだか…ごわごわだな」
「悪かったな」

なんとなくムっとするくらいには、この狐に愛着が湧いているようだ。我ながら、自分がどうしてそんなことを言ったのかが不思議でならない程度にはわけがわからないでいる。
狐を置いてさっさと帰ろうと傘を開く。花京院が慌てて後ろをついてきた。どうやら同じ通学路のようで、しばらく二人は傘を並べて歩いた。二階堂は何も言葉を発さない。花京院も口を開くことはなかったけれど、二階堂の狐と同じ傘の下で、終始にこにことしていた。
それもなんとなく気に食わなくて、二階堂は早足にしてやろうかと思ったけれど、これではかえって自分がずぶ濡れる。小さくため息をついて、忌々しそうに水溜りを踏みつけた。

「あ、僕、こっちの道なんだ」
「そう」
「傘返すの、いつでもいいからね」
「わかった……ありがとう、助かった」

二階堂は借り物をしておいて、礼を言わないほど常識はずれでもない、というつもりで、仕方なしにぽつりと呟く。花京院は心底驚いたような顔をして、それから顔をほころばせた。

「また明日」

その笑顔に毒気が抜かれて、けれど二階堂は返事もせずに踵を返す。
狐が花京院のもとからするりと離れて、二階堂の影に溶けていった。



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