純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ガタガタとやかましい列車に朝から揺られて数時間が経ち、一行はマレーシアの国境をちょうど越えたばかりのところにいた。食堂車で空芯菜炒めやらガパオ・ライスやらを思い思いに注文し軽い昼食としたが、承太郎と花京院をいたく気に入ったウエイトレスがデザートにとバターケーキを気前良くよこしたので、二階堂は二人から半分ずつそのおこぼれを貰ったからには、普段は気難しい彼女もなかなかに上機嫌だった。繊細さのカケラもない大味なケーキだったが、チョコレート味ならば嫌いじゃないらしいと花京院は知っていたのかもしれない、と承太郎は理由もなく思った。

「いよいよインドへ向かうわけか…」

二階堂の隣に腰掛けたポルナレフが窓の外を眺めながら思い出したように言った。「ところで要、あの女の子はどうした?」すっかり完治した右手の感覚を確かめるようにして、テーブルの下で袖もとのダガーを出し入れしては暇を潰していた二階堂は、ちらりとポルナレフに視線を投げては「知らない」と一言だけぶっきらぼうに返した。ジョセフに非難の視線を貰ってから、面倒そうに言葉を続ける。

「朝は……列車の出発間際まで、シンガポールの駅に居た」
「きっとお父さんとの約束の時間が来て、あいにいったのでしょう」
「…どうだか」

車掌に切符を差し出しながら鼻で笑う。

「あのガキ、どうもお父さんに会いに来たってのがうそくせーんだよな…どう考えてもただの浮浪児だぜありぁ…ま、いないとちょいと寂しい気もするが。なあJOJO?」

無言で肯定こそしなかったものの口角を微妙につりあげた承太郎を、ありえない、というかのように眉を寄せた二階堂につられて、ジョセフは義理の娘の協調性のなさから同じように少々眉間にシワを寄せた。隣でアヴドゥルが「仕方ありませんよジョースターさん、多感な年頃ですからね」と小さくフォローを入れたが、承太郎の方が要よりも協調性がある、という認識は既にアヴドゥルの中では既存のものであったりする。

「ところで、シンガポールでのスタンドだが…まったくいやな気分だな、ぼくそのものに化けるスタンドだなんて……」
「ホテルを出る時からもうすでに変身していたらしい」
「ああ、あのロビーの従業員にすでに紛れていたのかもしれないな。あの時ぼくはホテルに戻っちゃあいなかった、要とマーライオンを見に行っていたからね……結局間に合わなかったんだ」

ホテルに戻ったあとのことを思い出しては小さくため息をついた二階堂は、花京院を偽物と間違える方がアホだと思いながら黙って聞いていた。ジョセフの念聴とやらも、安易に鵜呑みにすべきではないかもしれない。承太郎がきっちり再起不能にしたと聞いてガンブレードの試し斬りに出るのを諦めたが、果たして正しい選択だっただろうか。ユノーに意見を求めるつもりで視線を投げたが、とくに興味もなさそうに首を傾げただけだった。

「JOJO、そのチェリー食べないのか?ガッつくようだが、ぼくの好物なんだ………くれないか?」
「ああ」
「サンキュー」

花京院はチェリーを口の中に放り込む。頬杖をついたまま窓の外を眺めて、レロレロと舌の上でチェリーを転がしているようだった。承太郎、花京院、二階堂の三人の間に微妙な沈黙が流れる。二階堂の斜め向かいで承太郎が絶妙なしかめ面でそれを眺めていたが、ユノーから見た二階堂も、ほとんど同じ様な顔をしていた。

「その食べ方はやめろと昔言ったじゃあないか…」

二階堂が小さな声で呆れた風に呟いたが、花京院には聞こえていないようだった。

「…おっJOJO、要、見ろ、フラミンゴが飛んだぞ!」

そして二人とも、花京院のその言葉に反応するだけの余力は持ち合わせていない。「やれやれ」承太郎がいつもの口癖を口走って頬杖をつく。花京院の膝にユノーが乗って、二階堂の位置からではフラミンゴなど見えそうになかったが、既に二階堂はフラミンゴなんてどうでもよくなって、少々辟易としたような顔で目の前のジョセフに向き直ると、腕を組んで目を閉じて、そのまま居眠りの体制に入ることにした。

「我々を追ってきているスタンド使いだが、皇帝、女帝、吊られた男、そして死神…承太郎はそう聞いたんだったな?」
「ああ」
「そのうちの"吊られた男"がポルナレフの仇というわけか…」
「男の名はJガイル、鏡を使うスタンドねえ」
「…そう言っていたな」

いったい、どんな能力なんだか。ジョセフは頬杖をついたまま呟く。彼の視線の先では、ユノーがちょうど車掌の禿頭に唐辛子の粉末を振りかけようとしているところであった。

「どんな能力だろうと関係ないね、あのゲス野郎をぶっ殺せると思うと、それだけで血が滾るってもんだ」

ポルナレフのどこか高揚したようなその声に、体制はそのまま、興味も無さそうに、ちらりと目線だけを投げかける。彼が妹の話をした時のことを、二階堂はずいぶんはっきりとおぼえていた。陰鬱さのカケラも感じさせない男だったが、話口調がずいぶん普段と異なることが印象的だった。真摯な眼差しの裏側に、二階堂ですらぞっとするような憎しみと怒りをちらつかせる事があって、それほどまでに彼の妹は彼に大事にされていたのかと思ったものだ。そしてその決意の固さ、そこには二階堂自身の覚悟にも劣らぬ覚悟があるのだろう。
二階堂は頭の中にふとちらついた疑問をぐっと押し込めて、浅い眠りの波に身を任せることにした。



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