純然たる誠実に告ぐ | ナノ


空条承太郎は朝食のビュッフェの席で、その日はじめて二階堂を見かけた。彼女と同室であろう少女の姿はなく、彼女は何かを探しているようだったが、やがて承太郎を見つけると、こちらへ向かって歩いてくる。どうやら彼女が探していたのは自分であったらしい、と、ハムエッグを自分の皿に盛りながら思った。

「昨日、ジョジョに、君がチケットを買いに行く役目だと言われた。もう電車の時間は指定されてたか?」
「ああ、それがどうした」
「それを変えてほしいんだ。今のままじゃ、いつDIOに見られているかわかったもんじゃあないし、埒が明かない。少しでも安全で快適な旅がしたいと思わないか?」
「…ジジイから話は聞いている」
「そうか。それと、こっちの部屋にいた、あの女の子、チケット買うのについて行かせよう。まあ、アレだが…交渉は上手いらしいからな」

旅費が浮く。二階堂はなんでもないように告げた。そう言えば、昨日の夜、あのあと部屋に届いていたピザは明らかに支払った値に対しての枚数が多かったの。承太郎の部屋に少女が嬉々として持ってきたのと、後をついてきた二階堂がうんざりしたような顔をしていたのを思い出す。彼女の好みは結局聞き入れられなかったようだった。その後も二、三言花京院と言葉を交わしては、どこかへ行ってしまった。おそらく、ジョセフとアヴドゥルの部屋へ向かったのだろうとその時思ったが、間違いではなかったのだろう。

「買いに行くのは昼すぎでいいか…場所はわかるか?」

承太郎が頷いたのを確認すると、二階堂は目を伏せて同じように首を振る。会話はここで終わりだ、と二階堂が踵を返す。途中でクロワッサンを手に取った二階堂に違和感を感じたが、それが何故かはわからずに、承太郎は首を傾げた。どこから沸いて出たのか、背後についてきた家出少女に二階堂はため息をつきたくなるが、ギリギリの所で持ちこたえる。どこかで様子を伺っていたのだろう、二階堂の向かいの席に我が物顔で腰掛けると、身を乗り出して言った。

「ねえねえ、承太郎、なんていってた?」
「さてね」

二階堂はベーコンをクロワッサンの上に載せながら曖昧に返答した。別に意地悪をするつもりでもなかったが、二階堂は少々というには憚られるくらいにはこの少女に辟易していることは依然変わりない。早く厄介払いしてしまいたいところであったから、承太郎がチケットを買いに行くのを利用したとも言える。(彼女はこのあとジョセフやアヴドゥルと共にホテルに留まるつもりでいた。)承太郎承太郎と口をひらけばそればかりで、二階堂は自分の苦手とする相手の名前を四六時中聞かせられるのに若干耐えられなくなっていたのである。

「わたし、連れてってもらえる?」
「……ああ」
「やった!」
「だが……いっとくが、君のためじゃあないからな。カンチガイするなよ」

あくまでも自分のためだ。二階堂がトマトにフォークを突き刺す。少女が意味深に笑ったので、怪訝そうにそれを一瞥したが、何も知らないふりをして、さっさと皿を空にしてはコーヒーにも口を付けずに席を立つことにした。部屋に帰ってから、ゆっくりインスタントコーヒーでも飲もうと思ってビュッフェを早々に後にする。エレベーターホールで、後ろについた巨体を振り返った。

「……おい、二階堂」
「……君は暇なのか?」

半ば面倒だという思いに苛まれながら承太郎を見上げた。

「さっきから右手を使っちゃあいねえようだが、何かあるのか」

その言葉に、二階堂はどう返答したものかと眉を寄せた。近くに花京院やジョセフがいないことが幸いだと思いながら、「私は両利きなんだ。たまには左手を使わないと、感覚が薄れてしまうからね」嘘ではない。左手も使えるように訓練をしていないわけではないからだ。

「昨日まで右手しか使ってなかったじゃねえか」
「君には関係ない」
「椅子を引くにも左手にこだわるのか」
「私の都合だ」
「朝方、銃声の様な音が聞こえた」

二階堂は薄く目を見開く。そういえば、承太郎と花京院の部屋は比較的下の階であったのを忘れていた。「……花京院も聞いたのか」呻くように呟く。

「俺が偶然起きていただけだ」

トリガーを引いた時の爆音は、部屋の中まで届くほどのものだっただろうかと疑念を抱いたが、スタープラチナほどのスタンドであれば不可能ではない、かもしれない。二階堂が黙っていると、承太郎は言葉を続けた。

「……理由は何故だか知らねえが、テメエはずいぶん『生き急ぐ』傾向にあるらしいじゃねえか」
「だから…なんだって言うんだ」
「俺はテメエが生きようが死のうが知ったこっちゃねえ。だがテメエの言動にある矛盾が気に入らねえ」
「私は自分の誠実のために生きているだけだ。どう生きようと私の勝手だろう。第一右手だって、明日になれば元通りになる程度だ。私は自分の身体を良く知っている」
「ああ、だがテメエの吸血鬼化の進行は早まるんじゃあねえのか」
「!」

ラッポラめ、ここまで喋っていたのか。二階堂は奥歯を噛み締めて承太郎を睨みつける。後ろでエレベーターが到着したことを告げるベルが鳴ったが、二階堂はロビーの方へと足を向けた。ついてこい、というつもりなのだろう。承太郎は黙ってその背中を追うことにした。




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