純然たる誠実に告ぐ | ナノ

右腕にぶら下がる鉄の塊が、ひどく重い。グリップを掴む右手が震えて、今にも取り落としそうだった。これで、三発目。二階堂は眉間に皺を寄せたまま、殻になった薬莢をシリンダーから抜き取る。転がり落ちたそれは、黒く焦げ付いていた。これでも改善されている。三度目の正直と言おうか、ようやく取り落とさずに衝撃に耐えた。右手に嵌められたグローブが、摩擦でかなりの熱をもっているのに気づいて、左手でそれを外しにかかった。右手はグリップを握る形のまま、不自然に硬直している。それがまったく感覚を無くしていたからには、彼女の額から汗が垂れた。
引き金をひいた瞬間、腕が千切れるかと思うような衝撃。爆音と共に、右耳をブレードが掠めてようやく、二階堂は自分がガンブレードを取り落としたのだということに気づいて、そしてこの獲物がとんでもない曲者であることを悟った。背後の木に深く突き刺さっていたこれは、明らかに対人用というには危険すぎる。一太刀で人間の首くらい、ゆうに吹っ飛ぶことだろう。

(ラッポラがこれを持たせたのは、究極の護身用といったところか)

究極の、ニアイコール対吸血鬼用。あるいは、手詰まりの時の突破口、ともいう。
ホルスターにブレードを納めて、二階堂は震える自分の右掌を見つめた。
兎にも角にも、今日は、箸が持てそうにない。

部屋に戻って、明かりは点けないままにトランクを開いて、上手く動かない右手を避けて左手を器用に使ってガンブレードを仕舞った。ナイフのブレードたちは今日も鋭利でなによりだ。
窓際のデスクの上に地図やら時刻表やらを広げたままだったのを思い出して、その隣に落ちていたメモを細かく破る。左手でそれらを握ったまままだくらいバルコニーに出ては、コートのポケットのひとつから取り出したライターで火を着けた。燃えきらなかったカスもあったが、全て朝焼け前の街へと風に流されていく。散って行ったそれらの上に書かれていたのは、ジョセフが立てたのとは異なる、もう一つのルートだった。ジョセフがDIOを念写できるのと同じようにしてDIOがジョセフや承太郎の動向を盗み見れるのであれば、どちらのルートかわからないものを組み上げればいい。そう提案し、二階堂がその参謀役を買って出た。マレー半島を北上し、そこからタイを経て、インドに入るルート。陸路と海路を交互に用いる。今日出発してしまうことが本来ならば望ましいが、ポルナレフが昨日から病院で(SPW財団による)治療を受けているため、出発はまだ先延ばしである。きっと明日になるだろう。今日はチケットを買いに行くだけで十分、といったところか。
ちらりと振り返る。きっと明日には父親と落ち合うことになっている少女はまだ、すやすや寝息を起てていた。
もうすぐ日の出だろうが、瞑想に入るまでにはまだ時間がある。東南アジアの気候のせいかはたまた別の理由か、身体にじっとりとかいた汗を流そうと思い至り、再びトランクを開く。途中何の気なしに手にとった歯ブラシの入ったカップやシャンプーのボトルを落として、金属製であったカップが少々派手な音を起てた。この不自然さ、どう乗り越えたものか。彼女の無表情の下には、若干の焦りすら含まれている。この右手の不調、どうやって悟られずに済むだろうと頭を捻る、東南アジア諸国では箸を使う機会が少ないことが不幸中の幸いと言おうか。手を開いたり握ったりを繰り返して、徐々に握力は戻りつつあることを確かめる。ぐるりと手首を回してみたところ、刺す様な痛みを感じた。これは筋がいかれたとみえる、明日になれば治るレベルだろうとは思ったものの、明日まではもれなく20時間ほど時間があるので朝からげんなりした。やはりガンブレードなんて人間に使えたものではないのだろう。衣擦れの音が聞こえて、二階堂の肩がびくついた。そっと振り返れば、寝ぼけ眼の少女と目が合って、微妙な空気が流れる。

「要もう起きたの?早いわね……」
「まだ寝てていい。早すぎるくらいだ」
「要は?」
「シャワーを浴びて、それからやることがある」

目を擦りながら窓の外を見やる。暗いことを確認して、きっともう一度床に就くことだろう。二階堂は静かに立ち上がる。重たいコートをラックに預けて、無駄に広い洗面所の前に立つ。セーラー服が脱ぎにくくて苛々する。二階堂はふと、鏡の向こうに立つもう一人の自分を見やった。相変わらずマネキンのような、ある種完成された彫像のような、表情の無い顔。陶磁のように白い肌、紅色の唇。髪を解くと、黒髪はまた、後退しているようだ。黒かった頃に戻りたい、と何の気なしに思って、自分が存外懐古主義であることに気づいて唇を食む。右耳のピアスが光を反射した。両目に埋め込まれた瞳の色を、確かにどこかで見たことがあるような気がして、わずかに眉間に皺を寄せて、目を逸らす。
熱いシャワーを浴びたい、と思った。




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