純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ほとんど五日ぶりに地に足をつけたジョセフは、漸く人心地ついたような気がして思わず息をつく。「ようやっとシンガポールか…」口からこぼれ出た本音に、アヴドゥルが薄く微笑んだ。

「まだまだこれから、先は長いですね」

そうじゃの、と返事を返して、頭をわしわしと掻いた。予想外の足止めに掛けた時間は長く、アヴドゥルの言う通り、まだまだ先は長い。昨日よりも若干高い位置で髪をくくっている義娘の後ろ姿を眺めながら、彼は顔を引き締めた。
SW財団からのヘルプは、一応のこと、ここで途切れることになっていた。昨晩ラッポラを中心とした財団のエージェントに、当初のプランを大きく変更する旨は既に伝えてあったが、これからも彼らのサポートを受けることもあるだろう、旅の合間に、定期的に連絡を取り合う必要がある。柔軟かつ優秀な彼らだ、大きな助けになってくれることは間違いない。ジョセフは今は亡き財団創設者を思い出して、すこし眉を寄せて微笑んだ。彼には、感謝してもしきれない。
一方二階堂は、名残惜しそうに自分の腕を抱きしめて離さないラッポラをどうしてやろうと考えを巡らせていた。鳩尾に深く食い込んだ筈の肘すら離してもらえそうにない。わりと不自由な首を回してちらりと伺った目線の先で、ぐっと眉を寄せ、度々右眉をぴくぴくと動かす、花京院は不機嫌であることが見て取れた。さっきの発言の手前、いいかげん愛想もつかされたかと思った二階堂は花京院に助けを求めることは既に諦めている。ため息が口からこぼれた。ふと承太郎と目が合うと、いっそわざとらしくも目を逸らされる。ポルナレフもまた然りだ。
(……なんだこの妙な空気は)
自分の知らない間に、一行に何かを吹き込んだらしいと気づいて、テメエこの野郎と思いながらラッポラを振り返ると、彼は自身の涙ぐんだ目に白いハンカチをあてていた。心底気持ち悪い。いつものように、眉間に深い皺が寄る。

「俺たちはここで失礼します。それじゃあ、お嬢、また何かあったらすぐ知らせてくださいね」
「……」
「血が欲しくなったら、いつでも言ってください。お嬢のもとまで駆けつけますから」
「……冗談でもそんなこと、言うもんじゃあない」

余計に苦々しい顔になった二階堂に、反比例したような笑顔でラッポラはさわやかに去っていった。「お前も大変だな」ポルナレフに同情の籠った瞳で見つめられる。余計なお世話だとも返し難かった。こればっかりはと素直に頷いた二階堂に、ジョセフは小さく笑い声を漏らす。

「……別に今に始まったことじゃあないさ」
「あんなのと6年間もほとんど毎日顔合わせてたんだろ?よく耐えれるよなァ…俺だったら絶対ノイローゼになるね」
「別に隠すこともない」

むしろ自分の使い方を知るには、好都合だった、と、二階堂が小さく付けたしたところで、けたたましい笛の音が聞こえて、振り返る。ちょうど警官らしき制服の男がこちらを指差しながら駆けてくるところだった。なにやら穏やかでない様子をみて、腰からぶら下がるナイフたちが問題なのかと二階堂は一瞬身構える、が違ったらしい。ポルナレフに対して、噛み付くように男は言った。

「きさま!ゴミを捨てたな!?罰金!500シンガポールドルを課する!我がシンガポールではゴミを捨てると罰金を課す法律があるのだッ!わかったかね!」
「……?」
「ゴミ…」

そうつぶやいた二階堂の視線が、ポルナレフの足元に伸びる。「………なんのことだ?」男が指差したものを見て、アヴドゥルが吹き出した。

「おれには!自分の荷物のほかには!なぁーんにも見えねーけど───っ、ゴミってどれか…おしえてもらえませんかね!」
「えっ!?」

二階堂が口元を抑える。吹き出しそうなのをこらえているようだった。

「どこにゴミがおちてんのよォ!あんた!」

くすくすと花京院が笑い始め、ジョセフは大口をあけて豪快に笑う。承太郎も肩を揺らしていた。警官がしどろもどろに謝罪を述べ、すごすごと引き下がったころ、一同の笑い声に混じって、キャハハ、とひときわ高い声がポルナレフの耳に届く。少しはなれたところに、財団の船から降りてしばらくどこかへ消えていた家出少女の姿があった。

「なんだあのガキ、まだくっついてくるぜ」
「おい、おやじさんに会いに行くんじゃあないのか?」
「俺たちにくっついてないで早く行けばぁ」

ポルナレフが皮肉まじりに投げかけた言葉を鼻であしうと、少女は自分が五日後に父親と落ち合うのだから、それまでどこを歩こうが自分の勝手だなぞのたまった。二階堂は半ば呆れたような視線でもって少女を見つめる。ちらちらと承太郎の様子をうかがっているようだった。くだらない。そう思ったのが伝わったのか否か、ぱちりと視線が交わって、二階堂はきろりと目を鋭くさせる。

「あの子、われわれといると危険だぞ」
「しかしお金がないんじゃあないのかな、しょうがない、ホテル代を面倒見てやるか」
「ジョジョ……アンタは本当に甘チャンだな。面倒を見るだァ?そんなん無駄だ。金がないのは自分の責任だろう」
「要、お前はまたそうやって……ポルナレフ、彼女のプライドを傷つけんよう連れて来てくれ」
「おい、まさか部屋が…」
「さっきラッポラが言っとっただろう、お前だけグレードが上の1人部屋だったはず。どうせ広い部屋だ、一人増えても変わらんじゃろ」
「ジジイテメエ…」

二階堂の眉間に深い皺が刻まれたところで、ポルナレフについて家出少女がひょこひょこと付いて来た。不機嫌そうな顔をしているところを見ると、どうやら「金がないんだろ?恵んでやるから付いて来な」とでも言われたのだろう、その面倒を見なくてはならないのが自分かと思うと二階堂は船の上で疲れはあらかた取れていたはずであろうに、今から疲れがどっと押し寄せたかのように感じる。ホテルに着いたらシャワーを浴びて、さっさと寝てしまうに限る、が、まだ陽は登りきってすらいない。ああ、ゲームがやりたい。
帰りたい、とはこの衝動のことを言うのだろう、と、憂鬱になった頭が思った。




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