純然たる誠実に告ぐ | ナノ

花京院が予見した通り、彼は存外簡単に、再びあの動き回る黒い塊を見つけることになる。
図書館の隅で、狐から本を受け取る少女を見つけたのだ。彼らは同じ小学校に通う同級生だった。隣の隣のクラスの二階堂要さん。花京院は転入してきたその日からどういうわけか女の子に顔が広かったから、名前を尋ねたらすぐにわかった。遠目から見ても彼女は、どこか異国風の、少し日本人離れしたような端正な顔立ちをしていたから、あれではきっと目立つだろうに、どうしていままで気づかなかったんだろう、と自分でも不思議に思うくらいだった。
しかしその理由はすぐに明らかになる。
だれもが彼女などに興味は持たず、二階堂はいつも一人でぽつんと浮いたような存在だったからだ。「要ちゃんのことなんか、ほうっといていいんだよ」名前も知らない女の子の一人が、そう言っているのを聞いたことがある。「どこにもいないような、透明人間」そう揶揄した同級生に、少なからず感心したものである。二階堂要はたしかに、どこにも溶け込んで、どこにも自分が気づかれないようにと装っているようだった。関わるだけ無駄、と思わせるような、風景の中に溶け込んでしまったような存在として認識されている彼女。けれど彼女の意図に反して、黒い黒いあの影の塊は自由に宙を浮かんで消えて、時々花京院のことを見つめてはにやりと笑って見せた。花京院はそれに、何も気づいていないかのように振る舞う。
花京院はまだ、この狐にいい印象を抱けてはいなかった。
自由に宙を浮かんで消えて、その間に狐のやったことはといえば、見ず知らずの女の子のリボンをほどいたり、花壇に植わった花を散らしてまわったり、とにかく碌なことではなかったからである。二階堂もそれを知っていたのだろう。落としたリボンは拾得ボックスにいれていたし、引っこ抜かれた花壇の花は休み時間に植え直していた。そうすることで、誰の恨みを買うこともなく過ごしているのだと、花京院にはわかった。
そうして二階堂要を観察すること二週間、雨が降りしきる秋の日。
花京院は二階堂に話しかけるチャンスを得たのである。
彼は傘をさして、帰路に就こうとした時だった。ちょうど、昇降口の外側に立っていた二階堂が、ぼんやりと空を眺めていたのに気づいたのである。その様子があまりにも現実離れした、まるで先日親に連れられて観に行った、モダンアート美術館の隅に飾られた写生画から、そのまま切り取ってきたような少女の姿だったから、花京院は最初、しばらく声をかけることを忘れてただ魅入っていた。
そのうちに狐が現れて、差し出した傘を二階堂はやんわりと断る。一度姿消した狐が、もう一度現れた瞬間。
花京院は、二階堂に声をかけることを決意した。



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