純然たる誠実に告ぐ | ナノ

「つまりアンタは単に要を研究対象としてみている、っつーことなのかよ?」
「そうですよ、ポルナレフさん。でも、まあ、そこに私情がないっていったら、ウソになりますね。だから俺は、胸を張って言える。だれよりもお嬢を愛してるし、お嬢のことを知っている、ってね」

俺は愛に生きているんですよ、ラッポラはうっとりとしたような顔で言った。突然の陶酔的な爆弾発言に、四人は水を打ったように静まり返る。
そう簡単に、"愛してる"だなんてのは、いうもんじゃあねえぜ。承太郎は思ったことを口に出さずに、へらりとした薄ら笑いを浮かべた、ガラスの向こうのラッポラの目に呆れたような視線を向ける。ポルナレフは理解できない、といった表情だ。ジョセフはやれやれだ、というように顎鬚を撫でたが、花京院の表情に、思わず手を止めた。唇の端を噛んで、なんとも悔しそう、というのか、納得がいかない、というのか、曖昧で微妙な顔をしている。そのうちジョセフがこちらを見ていたことに気づくと目を泳がせ、ごほん、と咳払いをひとつ。左手でピアスを弄りはじめた。
「でもね」気まずい沈黙なんてなんのその、ラッポラは続ける。「お嬢を理解する、なんて話にしたって、人間はそもそも、自分のことすら100%理解できない。他人のことなんて理解できるはずもないでしょう?」そしてさらさらと落ちた前髪を掻き上げて、不敵に笑った。

「まあそんな精神論、どうだっていいんですけど、ね、承太郎くん?君が知りたいのは、そんなことじゃあ、なかったみたいだ」
「……ああ、俺が訊きてェのは、二階堂の生物学的な意味での"存在"だ。『あれ』は、人間なのか、吸血鬼なのか、吸血鬼だとしたら、何故財団は二階堂を生かしているのか」
「……ちょっと、ジョースターさん。話してないんですか」
「今からラッポラが話してくれるじゃろ」

ラッポラは少し厭そうに、眉間に皺を寄せる。しかたない、と小さくため息をついて、そして少し、考えるようなポーズをとった。シンキングタイムをくれ、ということらしい。その間にジョセフがアヴドゥルを呼び寄せる。家出少女にひっつかれていた彼は、困ったような顔をしたままジョセフにヘルプを求めた。「要が目覚めたそうだぞ」ジョセフがアヴドゥルに向けて投げかけた言葉を受け取った少女は、一度目をぱちくりさせてから、船室の中へ、いそいそと消えていった。
考えがまとまったのか、ラッポラが口を開く。

「皆様お察しの通り、お嬢…二階堂要は、吸血鬼DIOの子孫、19世紀に生まれた由緒正しき悪の血統の、最後の、たった一人の末裔です。つまり彼女には、人間の血と吸血鬼の血が流れています」

まずラッポラは財団の持つ、彼女ら一族の話から始めた。
その血を辿る者どもは非常に"弱く"、みな老成する前に息絶えるのが一般的だ。太陽の光に、ひどいアレルギー反応を示す。太陽の光に焼かれ死んだ者が三人、皮膚癌などを主とする病を患い死んだ者が五人。調査で明らかになっているのは、この八人の中で吸血衝動を持っていた者はDIOの嫡子たったの二人で、両者とも、吸血衝動にかられてからほどなくして日光に焼かれている。(片方は子孫を残すこともなかった。)種としてはとても"弱い"血統、とされる所以である。
そのなかで、現在財団の持っている『実在した・している』と確認されるサンプルは二階堂を含めてわずか二つ、彼女とその父親だ。父親に至っては、既に末期癌を患っていたということもあり、残せたサンプルはモルヒネ漬けであったといっても過言ではないために、あまり信用に値するデータとは言えないが、貴重なものだ。フランスで発見されたものの、異民族系の家系においてまったくありえない『色』を持っていたその男は、ある神学校の神父であった。彼は敬虔な男で、性格にも行動特性にも、どこにも危険性は見られない、誠実な人物であったという。また、死亡後に徹底して行われた解剖や実験からでは、彼にはその髪と瞳の色の他には、全くDIOと関連づくものが存在しなかった。
財団はそもそも彼がDIOの子孫ですらなかったのではないかという危惧を抱いた。が、その後発見された彼の娘、二階堂要という少女には、髪色はほとんど黒であったものの、あまりにも不可解な点が多かった。そして実際に彼女に出会った際に、財団は男がDIOの子孫であったことをあらためて確信し、そして同時に、彼女が、それまでの単なる脆弱な『半吸血鬼』たる個体達とは圧倒的に異なった、『吸血鬼』に近い個体であるのではないか、という仮説を立てたのだ。
帰先遺伝──種の交雑により原種がもつ補足遺伝子の組合せが発現している、きわめて特殊な個体。いわゆる、先祖返りというやつだ。
それほどまでに二階堂要という個体の持つ身体能力と細胞の再生スピード、そして変色という彼女にのみ見られる性質は異質であった。現代の科学では、とうてい解明することが困難であろう彼女の体細胞の構成。人間にはまるで不可能な性能を、彼女は持っていた。SW財団はそれを、石仮面による脳細胞の構造の変化によるものの、裏付けとしてとらえていた。

「ここからは、俺が見つけたことなんですけどね」

ラッポラは少し得意げに付け足す。二階堂は普通、傷を回復するのに、吸血鬼の性質を用いるのだという。太陽光によるダメージが一晩で回復するのには、吸血鬼としての細胞再生能力を用いなくてはならないのだ、という仮説だった。仮説といっても、幾度となく行われた実験に裏づいた、データに基づく仮説だ、ということを、ラッポラは強調する。彼はただの研究者として彼女に関わるだけでなく、家庭教師として二階堂に武術の訓練その他諸々の指南を行っていたから、それをいち早く気づくことができたのだという。
波紋は、彼女の吸血鬼としての細胞の働きを鈍らせるという点で、彼女の吸血鬼化を防ぐものであるのだ、とラッポラは語った。波紋は吸血鬼にとってはまるで致命的な、まるで特効薬のような、吸血鬼を消滅させるエネルギーであるが、二階堂にとっては、吸血鬼化の進行を鈍らせるための抗生物質に過ぎない。抗生物質は、接種すればするほど、効かなくなる。ゆえに、彼女は傷つけば傷つくほど、体細胞を再生させれば再生させるほど、吸血鬼に近づくのだ、と。

「でも、そこまで急激な変化は、なかなかなかったんですよ。……ここ数年までは」
「DIOが復活してから、要の吸血鬼化のスピードは速まっておる、というのはそういうわけじゃ」
「つまり……二階堂はテメエの吸血鬼化を止めるために、旅をしてるっていうのか」

それが、承太郎がいつだかに聞いた、彼女の「不誠実を晴らすため」というあの理由に結びつく。DIOの鎖は彼女にとって、自身に課された、いわれのない不誠実であるということなのだろう。ポルナレフは二階堂の背負うものの重さを知ったような気がして、納得したような、感心したような相づちを打った。
ラッポラは、ちらりと花京院を見やる。そして、にこりと笑って、そのどこまでも優しい微笑みを浮かべたまま「でも俺は、お嬢にそんな危険を冒してほしいとは、これっぽっちも思わない」と、その言葉に、ジョセフを除いた一同は怪訝な顔をした。

「俺だってお嬢には人間でいてほしい、でもね、そもそも俺は、二階堂要という種を愛しているんですよ」

それはもういっそ、狂気に近いんじゃあないのか。ポルナレフはこの男をどう捉えたらいいのか、まるでわからなかった、というのが感想だった。アヴドゥルは思う。この男はもう既に、諦めているのだろうと。二階堂に対して、既に不誠実を犯しすぎたのだ。彼はもう二度と、彼女から信用されることはない。信頼されていても、そこにそれ以上のものは起こらないのだ。ジョセフはそれを知っていた、だから彼が、花京院に対して、むしろ憎悪にすら近い嫉妬を抱いていることも。

「…歪んでるな」

承太郎が言った。ラッポラはただにこにこと笑って、否定はしなかった。



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