純然たる誠実に告ぐ | ナノ

思わず動きを止めた花京院に、ベルヴォルペ・ユノーはまったく彼をからかうようにして彼の影の中で様々な表情を作ってみる。この絵面は、とてもじゃないが愉快とも言えない、否応無しに気味が悪い。そういうところは本当に変わってないんだな。花京院が苦笑いすると、痺れを切らしたのか二階堂が口を開いた。

「…おい、何を遊んでるんだ。戻って来い」

狐は渋々頷くと、ずらりと並んだ歯を見せつけるようにして笑いながら、影を伝って彼女のもとにずるりとその身を引き出した。まるでチェシャ猫のようだ、狐だけど。花京院は夕陽を浴びて毛色まで紅く染まった狐を眺めながら思う。

「花京院」

二階堂に名を呼ばれて、花京院は彼女に目線を戻した。その顔をかたどる表情筋はいつものように、相変わらず息をしていなかったが、しかしそれでも花京院には分かる。彼女の期待通り「何がわかったんだ?」訊ねると、興味深そうに、とても面白いものを見つけた、とでも言わんばかりの声色で、二階堂は言った。

「どうやらこの船に、私のスタンド能力が通用しないらしい」

それはどういうことだ、花京院は眉間に皺を寄せたが、二階堂が上機嫌に階段を登って行くのを見て、きっと訊ねても教えてはくれないだろう、と肩を落とした。
二人が再び甲板に戻った時には、すでに陽は暮れて、潮風は生温く二人の頬をなでた。

「だから、私の側を離れるな」

どうして。二階堂は平然と、無表情のまま「離れたら、護れないから」と答える。無愛想だったが、まるで「迷子になるから手をつないで」と幼稚園児に言い聞かせるようなつもりなのだとわかって、花京院は眉間に皺を寄せた。彼女は自分を弟かなにかのように思っているのではないだろうかと内心毒を吐く。適当な段差に腰掛けてしばらく、ジョセフとアヴドゥルが甲板に戻ってきた。

「おお、戻ってきておったか」
「つい、今しがた」
「ハイエロファントグリーンは…」
「今は船尾のパイプの中をもう一度調べさせています。動き回る相手だったら、厄介ですから」
「ポルナレフと承太郎は」
「ドコ行ったかの〜〜」
「日も暮れたし、分かれているのは危険ですね。探してきましょうか」
「要、二人を捜すついでに下の船室を見てきてくれないか」
「嫌だ。ただでさえ疫病神扱いされてるんだ…」
「まあまあ、そう言いなさんな。彼らが無事であることをちらっとみてくるだけでもいい。万が一のことがあったら、ナイフを一本置いて行けば、我々に教えるのも一瞬じゃろ?」
「それじゃあナイフが現場に残っちゃうじゃないか。………わかった、でも、スカーフにする」

二階堂はユノーにスカーフを解かせると、狐はそれをジョセフに押し付けるようにして渡す。「そっちに何かあったら、気合いで教えろ」「気合いか」そんなやりとりに、花京院は小さく笑いをこぼした。もう一度、今度は少し狭いドアをくぐって、少し早足になった二階堂は訊ねる。

「ポルナレフ達、君の知ってる限りでは最後どこにいた?」
「F3の右端の部屋かな……、でも、おかしいんだ…どこにもスタンドのケハイがちっともしないし、人間だってまったく見つからない」
「……だろうな」

突然歩みを止めたせいで、それに気づかなかった花京院は、彼女の頭に勢いよく鼻をぶつけた。どうやら石頭と呼べる部類だったのだろう、花京院は鼻血が出るかと思うほどの痛みにその端正な顔の半分を手で覆ったが、彼女はぴくりともしなかった。少し涙腺が緩みそうになったが、怪訝そうな顔をした二階堂になんとか持ち直して口を開く。

「ごめん、どうしたの?」
「……ここに、サルがいなかったか」

獣臭かったその場所は、開け放たれた扉から流れ込む空気でずいぶんとましな臭いになっていた。オランウータンがいなくなってから、ずいぶん時間が経っているのかもしれない。外されて床に転がった錠前に、ちらりと目をやる。それを拾って、二階堂は静かに呟いた。

「サルを逃したってことは、誰もそれに気づかなかったのに、そいつにはそれが出来るってことだ」
「誰にも見えないってことかな…透明人間とか」
「……漫画や小説の世界じゃないんだ、透明人間なんてありえない…と言いたい所だけど、その可能性もある。なら、ハイエロファントグリーンを這わせて探そうとしても、そんなん無駄かもしれない」

背後からふいにギィ、扉の開くと音が聞こえて、二人の肩が跳ねた。振り返ると、そこには承太郎がいつものように不機嫌そうな顔をして立っていて「花京院、二階堂。入れ替わりで戻ってきたみてえだ、一旦甲板に集まるぞ」二階堂は眉間に皺を寄せる。

「船室を見て来いってのは」
「俺が行く」
「……君じゃあ万が一のとき、甲板まで戻るのに手間がかかるだろ。私が行けば、一瞬で戻れるから、無駄が少ない。花京院は承太郎と一緒に甲板に戻れ」
「嫌だよ、さっき離れるなっていったのは要じゃないか」
「ハイエロファントグリーンでケハイも姿も掴めない相手なんだろ、それは『君には相性が悪い』って言う意味だ」
「でも…「わからないのか。つまり、君がいても足手まといだッていったんだ。大人しく承太郎と戻っておけ」

それに、万一何かあったらすぐそっちに戻る。そう言い残して、二階堂は二人に背を向ける。何を言われたのか理解できていなかったのかもしれない。一拍遅れて「要!」声を荒げて後を追おうとした花京院の襟を掴んで、承太郎は「あいつは正論だ」その静かな声に我に返ったものの、花京院はすこしふてくされたような顔になった。いつも大人びたような顔をしているこの男がそんな顔をしたのが、承太郎には少し意外だったのか少し目を見開いて、それからいつもの口癖を口にした。




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