純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ハイエロファントグリーンでスタンド使いの後を追ってみよう、そう言った花京院が彼のスタンドを発現させる。体を触手のように引き延ばしては、ずるずると甲板を這うようにして重機の隙間に入り込んでいった。緑色のそれが見えなくなるまで見送って、二階堂は腹の潰れてしまったマチェットを拾い上げる。一斗缶が空であったためクッションになってくれたのか動く事に支障はないが、どうやら衝撃で軽く口の中を切ったらしい、血の味がしていた。少し嫌な気分だと思いながら、ジョセフの隣に落ちたダガーを見やったその先で、ふと家出少女が怖れと戦きの入り交じった目で二階堂を見つめていたのに気づく。扉から頭一つだけを出すようにして、半ば隠れるような、伺い見るような格好をしていた少女の唇は僅かに震えていた。「なんであんた、あんなに吹っ飛ばされて、ちっとも痛そうじゃないのよ……」少女がありえない、といった態で二階堂を見やる。たしかに彼女の手にある鋼鉄のマチェットは腹がえぐられるようにして凹んでいるのに、そんな重症のナイフに比べて二階堂はピンピンしていた。

「な…何がなんだかわからないけど、やっぱりあんたたちがいるからヤバい事が起こるんだわ………疫病神なの?災いを呼ぶ人間がいて、巻き込まれるからそいつには近づくなって……そうなの?」

二階堂はわずかに目を見開いたが、それも一瞬のことで、まったく何事もなかったかのように落ちていたダガーを拾い上げると、冷たい目で少女を一瞥して踵を返した。何も答えるつもりはない。『疫病神』であることに、否定は出来ない、と、ただそれだけが頭に過って一つだけ小さく息を着く。そしてそれは、ジョセフや承太郎、アヴドゥル、花京院、ポルナレフにも、それぞれ思う所がある言葉だったのだろうか。振り向き様にそれぞれをぐるりと見渡したが、誰も答えられないでいるようで、妙な沈黙が流れていた。やがて彼女はつかつかとクレーンのハンドルに触れようとしていた船員まで歩み寄ると、その逞しい腕をパシリと掴んでしたたかな握力で握ってから、氷のような目線を投げかけ、口を開いた。

「機械類には…動いたり電気を流すものに、触るな」
「何を言ってるんだ?」
「わけが分からん…船や海のことなら俺たちのほうが専門家だぜ?嬢ちゃんは引っ込んでな」
「命が惜しかったら言う事に従え。無駄だから、何度も言わせるな。機械類には近づくなと言っている」
「俺たちは故障の原因をみてるんじゃねーか、生意気に指図してんじゃねーぜ」

言う事をまるで聞こうとしない船員に、二階堂の目が更に温度を下げる。男は力任せに機材に触ろうと手を伸ばそうとしたが、二階堂の右手はそうさせなかった。男は困惑と苛立のを含んだ眼光で二階堂を睨みつけた。剣呑な雰囲気があたりに漂う。二階堂が空いていた左手で拳を作り、それを握りしめるのを見て、(あ、これは殴るぞ)そう察したジョセフは声を張った。

「要の言う通りじゃッ!機械類には決して近づくなッ!動くものや電気を流すものには、一切さわるんじゃあないッ!!全員いいと言うまで、下の船室内にて動くなッ!!」

その半ば怒声のような声に気圧されたのか、船員はしぶしぶといった様子で触れようとしていたその手を諦めた。二階堂の手を半ば振り払うようにして腕を下ろす。その態度にユノーが威嚇するようにして顔を険しくしたが、どうせ見えていない。そんなん、無駄だ。二階堂は目だけでそれを軽く諌めた。そして呆れたような、見下すような視線を船員達に送ってから、小さく鼻で笑って船室へと続くドアへ手をかける。途中で目が合ったアヴドゥルが何か言いたげな顔をしていたが、二階堂は何も言わないままその場を後にした。

「おい要!」

ポルナレフが呼び止めようと彼女の名を呼んだが、すぐにドアの向こうの階段から音も聞こえなくなる。花京院が早足にその後を追った。まったくどこに居たとしても、彼ならそれを見つけ出せるし、二階堂は花京院の言う事をきく"傾向にある"からには妥当だろうと考えて、それを見送ったジョセフは、家出少女の前で膝を折った。(彼女はジョセフとはずいぶん体格に差があるため、彼女に目線を合わせるにはそうする必要があった。)二人の視線が交錯してから、ようやくジョセフは口を開いた。

「君に対して、一つだけ真実がある。……我々は、君の味方だ」

その深い色の瞳と、少し嗄れかけたような優しい声が、胸に沁みるような心地がして、少女は唇を食む。ちらりと承太郎を見やれば、彼もまた、晴れた日の美しく澄んだ海のような瞳で少女のことを見つめていた。なんとも言えないような気分になって、彼女は俯く。どうしてだろう、自分はなにか、とても酷い事を言ってしまったような、そんな気がして、ばつの悪そうな表情を浮かべた。

「よし、要は花京院に任せるとして、……三組に分かれて、敵を見つけ出すのだ。夜になる前までに…暗くなったら圧倒的不利になるぞ」

アヴドゥルの言葉に、三人は深く頷いた。陽はもう既にずいぶんと傾いている。水平線の上にぽっかりと浮かぶ太陽をちらりと一瞥して、承太郎は深く帽子を被りなおした。




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