純然たる誠実に告ぐ | ナノ

日が昇ってしばらく、朝日が登るとともに瞑想をしていたのだろう、小一時間ほど黙ったままだった二階堂がぱちりと目を開いて呟いた。

「暑い」
「そうだね」

隣で同じく目を閉じて黙りこんでいた花京院が相づちを打つ。彼女らを含めて、小さな救命ボートに乗った一同がかわした会話らしい(とも言えないような)会話はそれだけ、救助がくるまで、無駄な体力は消費するべきでもないし、いつまでこの状況が続くかは分からないのだ。じっと黙って、目を閉じて、出来るだけ何も考えないようにする。今ある体力を温存するに越したことはない、と、彼らは至って冷静だった。二階堂もそれは例外ではない。しかし、じりじりと照りつける日差しは既に亜熱帯のもので、彼女には少々辛いものだった。飛沫が飛んで、風は涼しげに頬を撫でるが、如何せん着込んだコートは紫外線だけでなく風まで遮断するものだから、達が悪い。汗が垂れる前に、ぷつりと一番上のボタンだけ外す。ふと視界に映り込んだ自身の右手の異変に、二階堂は小さく眉を寄せた。指先が赤く変色していたように見えたからだ。花京院やらジョセフやらが目を閉じているのを横目で確認して、自分の右手をまじまじと見つめてみる。暑さ故に折り返していたために、幾許か袖を被っていなかった手首までのところどころが、まだら模様のように、まるで低温火傷のような赤みを帯びていた。どうやら日光に当たりすぎたらしい。同じように陽にあったっていた左手と明らかに色が異なるそれに、二階堂は内心ため息をつく。そしてそれが誰にも悟られないように、折り返していた袖を戻して、さりげなく袖の下へと隠した。いままでこんな風に日焼けがひどくなるのは下半身だけだったが、自分の体はやはり刻一刻と変化しているらしい。二階堂はため息をつきたくなったが、妙に悟られたりしては面倒だから、いつものポーカーフェイスでただちろちろと煌めくユノーのルビーを見つめていた。
ジョセフが椅子の下から、数時間前の非難間際に二階堂が積んだ水のボトルを取り出して、家出少女に差し出して言った。

「水を飲むといい…救援信号は打ってあるから、もうじき助けは来るだろう」

彼女は静かにそれを受け取って、しかしどこか戸惑ったような、訝しむような目線を承太郎や二階堂に向ける。それもその筈だろう、彼女はあくまでも一般人で、ただあの船に忍び込んだだけの密航者なのだから。目に見えないスタンドに人質にされたり、密航した船が沈没したり、ろくなことは何一つ起きていない。「なにがなんだかわからない」というのも正論だと二階堂は思った。

「あんたたち……いったい何者なの…?」
「君と同じに旅を急ぐ者だよ。もっとも君は父さんに会いに……わしは娘のためにだがね」

ジョセフの言葉に、少女は静かにボトルを両手で握りしめる。なにかを考えるようにしてしばらくその口を見つめていたが、やがて口を付け―――吹き出した。
二階堂が眉間に皺を寄せる。「こらこら大切な水じゃぞ!吐き出すヤツがあるか?」ジョセフが咎めるように言ったが、彼女はジョセフの後ろに目を奪われて動かない。

「ち…ちがう!み、み…みみ…みん、みんなあれを!みて!」

少女が指を指して叫んだ。彼女の指の先に目を向けて二階堂は更に眉間に皺を寄せた、二階堂の隣で花京院が息を呑んだのがわかる。小さな救命ボートを影で覆うようにして、巨大な船舶が霧の中から姿を現した。側面にはBIGDADDの文字、クレーンがいくつもぶら下がっているからにはRO-RO船と呼ばれるたぐいの貨物船だろう。

「おおおおーっ!」
「か…貨物船だッ!気がつかなかった!!」
「いつの間にこんなに近くに来ていたんだっ!」
「タラップがおりているぞ!救助信号を受け入れてくれたんだッ!」
「ラッキーだ!」

船員たちは口々にそう言うと、乗船に向けて着々と準備を進める。まもなく名も知らないクルーが救命ボートをタラップにぴったりつけた。二階堂は静かにタラップの先を見つめる。
(財団の、というわけではなさそうだな)
しかし明らかにムシがよすぎる。今までのところの敵とのエンカウント率を考えて、これに乗船するのはいかがなものかと思った。もし仮に敵のスタンド使いが乗っていたとして、今度はこの貨物船の船員を危険に晒すはめになるからだ。しかし訝しむような目でタラップの上を見上げているのは承太郎だけだった。

「承太郎…何を案じておる?まさかこの貨物船にもスタンド遣いがのっているのかもしれんと考えているのか?」
「いいや………タラップが降りているのに、なぜ誰も顔をのぞかせないのかと考えていたのさ」
「!」

ジョセフは改まってそのタラップの先を見やる。確かに、どこにも人気は感じられなかった。ポルナレフが言った。

「ここまで救助に来てくれたんだ!誰も乗ってねえわけねえだろーがァッ!たとえ全員スタンド使いとしても、おれはこの船にのるぜッ」

たとえ全員スタンド使いでもこの船に乗る、か、それもアリだろう。二階堂はタラップを登っていくポルナレフやアヴドゥル、船員たちを見上げる。花京院に手を差し出されて、それを取って彼女も乗船することにした。




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