純然たる誠実に告ぐ | ナノ

花京院が見つけ出し、二階堂と承太郎が処理した爆弾の数は計5つ。一つは救命ボートに、一つは船尾に、あとの三つはマストの柱の裏に仕掛けられていた。それぞれ爆薬は同じだったがタイプの違うもので、処理するのにも手間取るものが多かったが、ひとまず爆発することがないように起爆装置のコードは断ち切り、爆薬は海上で遠距離爆破処理を済ませて、すでにこの船には残っていない。
香港から家出してきたのだとか父親に会いにいくのだとか、承太郎が気に入らないだとかなんだとか、(まるで聞く耳を持とうともしないでいるのにもかかわらず)二階堂に脚色された自身のことの顛末を延々と話してきかせた家出少女や、本日の業務を終えた何人かの船員は床につき、交代で見張りに立つクルー達からも救援信号はいつでも出せる、と言われてはいた。しかしながら、一行は夜半を過ぎてもいつどこが爆発するかわからない、目に見えない爆弾による緊張感に苛まれていた。
花京院の額にはじんわりと汗が浮かんでいて、一方の二階堂も無表情ながらどこか焦りがあった。青白い月を見上げながら、花京院は甲板の上でジョセフの淹れてくれたホットコーヒーを啜る。

「ハイエロファントグリーンでは、探せるだけ探したつもりですが…」
「いやしかし、あれだけの爆弾が爆発していたらと思うと、この船ではひとたまりもないな」
「きっとすぐに沈んでしまって、救命ボートに乗る時間すらなかったかもしれんのう」
「あとは何事もないことを祈るだけか…」

承太郎が言った。祈るなんて行為、時間の無駄だ。船尾に腰掛けた二階堂はそう思いながら遠くに跳ねた魚の魚影を見つめていた。だからといってすることもない。波音が延々と繰り返すようにして、彼らの心境とは極めて対照的な穏やかな波だった。ざぶざぶと波をかき分けて、そのし飛沫を眺めながら二階堂はぼんやりと考える。彼女には少し引っかかる部分があった。どうしてあの時、家出少女と自分の位置を入れ替えてまで空条承太郎を助けなければと思ったのか。既にこちらには簡易爆弾があって、あのスタンド使いの男の靴には触れた後だった。彼が水に落ちたとて、つぶさに爆発させてしまえば一瞬で片付いただろうに。まるで無駄なことをしてしまった。それから、キッチンで少女が手を切ったとき。何故自分は絆創膏を差し出すなんて親切をしてやっているのか、まるで理解できない。他人への気遣いなんて無駄だ、どうせ自分を嫌って、疎むのだから。ジョセフに影響でもされたつもりなのだろうか。苦々しい思いで口の中がいっぱいになる。それをため息として吐き出して、二階堂が一行を振り返った、その時だった。
彼女の後ろの方で、ぼこん、と、何かが外れるような、まったく奇妙な音がして、一度だけ甲板が大きく揺れてから、辺りは妙な静寂に包まれた。

「?」

それまで絶え間なく聞こえていたモーターの動作音が消えたせいで、波の音がやけに騒がしい。ギギギギ、軋むような音が聴こえて、二階堂は眉間に皺を寄せる。なんだなんだと顔を見合わせているうちに、まもなく航海室から慌てた様子の船員が飛び出してきた。

「ジョースターさん!船舶の燃料に異変が…!」

ジョセフが船室に駆け込んでいく。嫌な予感しかしなかった。しばらく一言も言葉を交わせなかった一同に、戻ってきたジョセフは苦々しく告げる。

「燃料切れだそうじゃ」
「どういうことだ」
「言ったそのまま、燃料タンクが空になっとるらしい」
「……なぜ今まで気づかなかった」

二階堂は苦々しくジョセフを見やる。だいたいの予想はついていた。視界の端で花京院が両手で顔を覆っているのが見えた。

「急激に残量が減少したそうじゃ、そしてメーターも反応しないところを見ると、おそらくタンクに小型爆弾が仕掛けられていたのかもしれん。海水が流入すれば一発でだめになる」
「このままいくと漂流か…」
「すみません、僕が見つけられなかったばっかりに」
「いや、おそらくはこれまでのものよりも小型だったんだろう、あのスタンド使い、あくまでも我々を邪魔するつもりであったな…」

アブドゥルが静かに言う。ジョセフ曰く、救援信号が出せただけましだろうとのことだった。「じきに助けが来るし、今すぐに救命ボートで脱出せねばならないことも……」そこでジョセフの言葉はとまった。べきべきと不可解な音が聞こえたからである。

「こいつは……もしかしなくても、沈んでるんじゃねえのか」
「確かに、傾いてきたような気がする…?」

二階堂はユノーを使ってキッチンにあったグラスを手元に取り寄せる。船尾の先に腰掛けていた彼女がその円筒を甲板の上に静かに置くと、ころころとジョセフ達のもとへ向かって転がり始めた。

「OH MY GOD!!救命ボートを出せ!今すぐにだ!!」

ジョセフが声を張り上げる。それから二階堂に目配せをした。

「水はどんくらい」
「明日の昼くらいまで保てば十分だろう。急げ、時間がないぞ」
「あくまでも走るんじゃない!できるだけ船に衝撃を与えるな!沈むまでの時間が短くなるぞ!」

アブドゥルの指示に、二階堂は黙って頷いて、船室へ消えた。花京院がその後を追う。承太郎は帽子を被りなおしながら、いつもの口癖を呟く。ユノーが彼を一瞬振り返ったような気がした。



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