純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ギリギリと歯を食いしばるようにして、承太郎が小さなうめき声を上げる。
その様子がどこかおかしいことに気づいて、二階堂はスタープラチナに目をこらしたが、何も異変は見られない。そのうちがくがくと揺さぶられるようにして、承太郎の体がますます前のめりになっていく。

「ち…ちくしょう、引きずり込まれる!」
「え!?」
「なんだって!」

次の瞬間、スタープラチナの拳に現れた"それ"に二階堂はわずかに目を剥いた。二階堂の隣で「う…ああああッ!」ポルナレフが顔を歪めて半ば悲鳴のような声を上げた。しかしその反応も頷ける。スタープラチナの腕に、フジツボの群れがこべりつくようにして広がっていた。ぶつぶつとみるみる間に浸食を広げるフジツボの、石膏質たる殻によって傷ついたスタープラチナの拳が、そのまま本体の承太郎の拳の傷となって現れる。拳からだらだらと血を吹き出す。

「やつは…まだ闘う気だ……ヤツを殴った時くっつけやがった」承太郎は苦々しく言う「どんどん増えやがる…俺のスタンドから力が抜けていく……」

スタンドの精神力を吸い出して海中に引きずり込もうとしている、というわけらしい。海面に視線を戻せば、
スタンド使いの姿はどこにもなかった。水中に隠れたか、二階堂は飛び込もうかと一瞬思案して、しかし水中でナイフというのは分が悪いと顔をしかめる。一方でジョセフとアヴドゥル、花京院は三人がかりで承太郎を押さえつけていた。ジョセフが歯を食いしばりながら言った。

「承太郎!スタンドを引っ込めろッ!!」
「それができねーから…かきたくもねー汗をかいてるんだぜ!」

と、その時だった。とうとう耐えきれなくなったのか、承太郎の巨体が三人を振り払い、鉄格子の外にすり抜ける。二階堂はスタープラチナの腕にぶら下がっていた少女がユノーのストックであったことを思い出して、とっさに入れ替えた。放り出された浮遊感の中で、なんとか身をよじって水面すれすれの承太郎の腕を掴む。「要!JOJO!」その二階堂の腕を、花京院のハイエロファントグリーンが搦め捕った。ギチギチと両腕が引かれあって、二階堂は思わずうめき声を上げた。

「離せ、二階堂」
「……正気か?」

二階堂の言葉に、承太郎は薄く笑った。「このままだとテメーの腕がちぎれるだけだぜ」その言葉に、ピクリと二階堂の眉が反応する。承太郎の学ランにぎちりと爪が食い込んだ。が、しかしそれよりも強くハイエロファントグリーンが二階堂の腕をしめつけていた。じわじわと痺れるような感覚に、血の巡りが悪くなっていくのがわかる。承太郎の言う通り、そろそろ限界かもしれない。「……私が君のために作ってやれる、ヤツの隙は一回だ」二階堂が承太郎に向けて呟いた。承太郎はかすかに目を見開いて、少し考えるような間を置いてから言った。

「一分半後だ。俺が落ちてから、90秒後」

二階堂は目で頷いて、承太郎の手を離した。ハイエロファントグリーンに引き上げられて、二階堂は静かに海面を見守る。承太郎の影は見えなくなっていた。ごぽり、海面から泡が吹き出たかと思うと、それを中心に渦を巻き始める。「助けにいくぞ!」そう言って再びハイエロファントグリーンを発現させた花京院の腕を、二階堂が掴んで制した。

「多分、余計な手出しはいらない。それに、さっき見た時には…水面に鱗のようなものが無数に漂っていた…水流の流れが急だから、むやみに手でも突っ込んだら、きっとカッターの歯よろしく突き刺さる」
「やつが6対1でに勝てると言ったのははったりではない……これは水の蟻地獄だ」

アヴドゥルが顔を顰めて言った。確かに、迂闊に飛び込みでもしたら一瞬で全員殺されかねないだろう。視線を海面にもどした花京院が生唾を飲み込んだ。二階堂はポケットの中の簡易防水手榴弾を握りしめる。一分三十秒。水面に承太郎の体が浮かんだ。渦の流れに沿って承太郎の体が、徐々に中心部へと近づいていくのが見えた。あの調子じゃおそらく、スタンドの体中にフジツボがこべりついて身動きが取れないでいるのだろう。ちらりとユノーを見やる。ユノーはその合図に頷いて、静かに尾を揺らした。次の瞬間。
どおおん、と、腹の底に響くような爆発の衝撃があって、視界いっぱいに水柱が上がった。「な、なんじゃ!?」ジョセフが叫んだ。二階堂自身、ここまで威力があるとは思わなかったのか、少しばかり目を見開く。爆薬に直に起爆のための導電線が繋がっていたからには、殺傷能力は低い。高圧のガスと熱が放出されて、きっと足が焼けただれるくらいだろう。普通の人間なら気絶するレベルかと思うが。承太郎の体が水面から飛び出して宙に浮いた。渦の中心に向かって頭から落ちていったその先で、左足の膝から下が焦げているダークブルームーンを、承太郎のスタープラチナはその動体視力で捉えていた。スタープラチナの射程距離である二メートルの距離に達するや否や、真っすぐに腕を突き出す。

「スターフィンガー!!」

スタープラチナの指が、ダークブルームーンの四つの目を抉るように切り削ぐのが見えて、そして再び押し寄せた波が承太郎とスタンド使いの姿を覆い隠す。しばらくして水面から顔を出した承太郎に、ユノーが触れようと宙を駆けていった。

「おお!」

アヴドゥルが感嘆の声を上げる。ジョセフが「やはりわしの孫よ!」誇らしげに言った。二階堂は掌の中にあった男物の濡れた靴を甲板に放り出して、それからこの船が"本当に安全であるか"を確認しなければ、と、右手でピアスを撫でながら思った。ユノーが承太郎と偽船長の靴とを入れ替えたのを尻目に、再び船室へと繋ぐ道に視線を向ける。スタンド使いが海に流されていったため、他にも爆弾がしかけられているという事実確認をとることができなくなってしまったと、二階堂は唇の端を甘噛みした。
アヴドゥルがさっさと船室に入ろうとした二階堂を引き止めて訊ねた。

「あの水柱はなんだったんだ」
「簡易爆弾」
「そんなもの、いつの間に…」

ジョセフの視線が二階堂に向く。疑念の籠ったそれに、二階堂は眉間に皺を寄せた。

「違う、買ったんじゃない。……船倉に仕掛けられていたのを見つけたんだ」
「なんだって!?」

今度は花京院や承太郎の視線まで二階堂に突き刺さる。面倒なことになったと二階堂は小さくため息をついた。




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