純然たる誠実に告ぐ | ナノ

薄暗い船倉の中であるというのに、ユノーの額に埋め込められた宝石はきらりと光を反射した。彼は何を思ったのか、二階堂両腕にどさりとずっしりと重い箱を落とす。それは工具箱のようで、中には古びたドライバーや錆びかけたペンチ、ニッパーが詰め込まれていた。何かが欠損しているのでも見つけたのだろうかと首を傾げていたら、ユノーぴくりと耳を動かすと、何に気づいたのか、はっと二階堂の後ろを見やって再び姿を消してしまった。どういうわけだと思いつつ、狐の寄越した目線の先をなぞる。がちゃりと音を起てて船倉の蓋が開いて、二階堂を上から覗き込む頭があった。

「何かお探しかな?」

彼は慣れた動きできびきびと梯子を降りて船倉に足をつけた。見上げるほどの大男が(おそらくジョセフや承太郎よりも大柄で、おかげで船倉がひどく窮屈に思える)、二階堂ににこりと笑いかける。たしか名前はテニールとか言う男、この船の船長だと、出航前に紹介を受けた。SPW財団の紹介で船に乗っている、身元は明らかだという話はジョセフから聞いている。二階堂が記憶を洗い出すまでにかけた時間はほぼ二秒ほど、その手間をかけたのは、その無骨な笑顔が、見るにたえないと思ったからだった。

「密航者がいたから、何か細工をしていないかと思っただけだ」

二階堂は静かに呟く。静かに男の目の奥を見据えようとした。この"責任者"の立場たる男は、密航者を紛れ込ませていたのだから。二階堂はSPW財団の仕事の質に信頼を抱いている。本来なら、彼らがミスを犯すことはほとんど一切ないものと考えていたからだ。

「密航者!」

しかし二階堂の疑念の視線に動じる様子もなく、テニールはわずかばかり驚いたような顔をして、半ば素っ頓狂な声を上げた。

「それは許しておけない…、甲板に行って、確かめねば」

くるっと踵を返して、何事もなかったかのように歩き去る。訝しむような二階堂の視線に振り返るようなこともしなかった。途中で何かに躓いたようだったが、二階堂は何も突っ込まなかった。それが透明になったユノーの掌だったのが、暗がりに転がるようにして落ち着いていた宝石で判別できたからである。万が一の保険というつもりだ。二階堂は若干眉間に皺を寄せつつも、ふたたび姿を現した狐にどこに行っていたんだ、と小さく声を漏らした。ユノーは少々興奮した様子でぱたぱたと尾を振ると、二階堂の顔をばしりと尾で叩いた。この船がどこかおかしい、ということには、二階堂もユノーも薄々感づいている。こういう時に、ストックはなるべく消費するべきではない。(既にストックに換算されている)二階堂本体の手を引いて、ユノーは船倉の隅、いくつか並べられた樽の底を指差した。
尾で二階堂の鼻をつつく。

「匂いを嗅げってか」

めんどくさいな、まどろっこしい。そう思った二階堂は、結局なんの確認もせずに樽をどかしにかかった。コールタールの詰まった樽だったのだろう、独特の匂いに、思わず顔を歪める。ユノーの忠告は『臭いに気をつけろ』の方だったのかもしれない。しかしそのタールの刺激臭に混じって、僅かにアンモニアの匂いがした気がした。

「うわぁ、マジかよ」

一枚だけ違う材質の床板を見て、二階堂はげんなりとしたような声を上げた。「まったくドラマや映画じゃあないんだから」そう呟いてから、しかしこれが漫画であった、ということを思い出して、更に顔をしかめる。仕方ない、と一息ついてから、ランボーを突き立てて、一思いに一枚剥がしてみる。案の定、チューブ状の含水爆薬が束になって仕掛けられていた。
一見ソーセージの入った袋のようにも見えるそれは、1960年代からダイナマイトの代用にトンネル工事でメインに利用されるようになったわりとメジャーな爆薬で、原水爆薬という。硝酸アンモニウムとアルミニウム粉末、水などを原料にされているため、ダイナマイトよりも安全かつ安価で、耐水であるのが特徴だ。雷管起爆が主な起爆方法であったかと記憶していた二階堂の予想通り、電子回路と簡単な起爆装置がその下から見つかった。慎重に取り出して、分解しにかかる。ありがちなドラマや漫画のように、爆発するまでの時間を表示する時計などは見当たらなかった。万が一にでも爆発したら面倒なことになることこの上ない。
それから、この船に乗っている裏切り者に、あとどこにあるのかを吐かせなくては。まさかこれ一つで済むなんてことはないだろう。そんなことを考えながら、パチパチと手際良くニッパーで導線を切り外し、後残り二本、なんてベタな展開になることもなく、あっけなく爆弾処理を終えてしまった。二階堂は細いチューブ状の爆薬を工具箱の中にあった懐中電灯に巻き付けて、端から飛び出たタブに電池と銅線を結ぶ。解体した爆薬から作った、簡単な手榴弾もどきだ。これなら万が一海に逃げ込んだ相手にも、問題なく使用できる。
しかし、甲板にいるであろうジョセフに事の次第を伝えようとはしごを登った二階堂が目にしたのは、一カ所に固まって海の中を見つめている一行だった。

「要ッ!今までどこに行っておった!」

いつもと違った、少し厳しい口調で言ってのけたジョセフに、無表情から若干怪訝そうな顔をしてみせた二階堂に、花京院が答えた。

「新手のスタンド使いだ、テニール船長は偽物だったんだよ。魚人のようなフォルムをもったスタンドだった」
「見ろ、あそこだ。流されていくぞ。ダークブルームーン……自分のスタンドの能力自慢をさんざんとしていた割に、大ボケかましたヤツだったぜ」

ざぶん、波間を漂う、見覚えのある人影を確認した。どうやら承太郎がぶん殴って、あえなく海に落ちたとか。ふうん、なんだ、じゃあ使い道もないじゃないか。二階堂はせっかく作ったのに、という重いも込めて、手の中の手榴弾もどきを見つめた。

「承太郎、どうした?さっさと女の子を引っ張り上げてやらんかい」

女の子?なんだそれは。二階堂が首をひねって、手すりの向こうを見やれば、またも見覚えのある出で立ちの少女がスタープラチナの腕からぶら下がっていた。なんだ、密航者の子供じゃないか。二階堂はそう思うと同時に、固まってしまったかのように動かないスタープラチナを不自然に思う。ついと横を見やれば、承太郎は甲板の手すりから手を伸ばしたまま額に汗を浮かべていた。



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