純然たる誠実に告ぐ | ナノ

「かわされるためにクロスファイヤーハリケーンを飛ばしたわけじゃあなかったということか…」
「いかにも!…一撃めはトンネルを掘るためだった。いったろう、私の炎は分裂何体にもわかれて飛ばせると!」

生身の体にクロスファイヤーハリケーンをくらっては、やはり無事でいられるわけがない。炎に包まれてもがき苦しむポルナレフを一瞥して、アヴドゥルが二階堂に視線をよこす。どういうつもりだと思ったら、「ナイフを貸してくれないか」ふむ、二階堂は一瞬考えるような素振りを見せたが、黙ったままコートの裏から取り出したマチェットを差し出した。本来ジャングルの獣道で草木を切り払うための用途のそれは、刃渡り四十四センチ、重さ一キロ弱。無駄な装飾のない鋼の刃は頑丈で、首に突き立てるには十二分な長さだ。アヴドゥルは小さく礼を言って、それをポルナレフの目先に落とした。

「炎に焼かれて死ぬのは苦しかろう。そのナイフで自害するといい」

ポルナレフは全身を焼く炎の熱とその痛みに堪えながら、マチェットの柄を掴んだ。ブルブルと震える指先で柄を握りしめ、背を向けたアヴドゥルをその剣先に捉える。二階堂は一瞬だけユノーをちらりと見た。すでに触れてある、と言わんばかりに、額の宝石がちらりと光を反射する。しかしその確認はただの杞憂に終わった。振りかぶるのを諦め、ポルナレフは首元にまっすぐ突き立てる。自刃するか、そう思った二階堂は目を伏せた。個人の勝手だから好きにすればいいとは思うものの、目の前で人が死なれるのはやはりいい気がしない。しかしポルナレフはそれすらも諦める。放り出したナイフがガランと乾いた音を起てた。

「うぬぼれていた。炎なんかにわたしの剣さばきが負ける筈がないと…フフ……やはりここはこのまま潔く焼け死ぬとしよう。それが君との戦いに敗れたわたしの君の『能力』への礼儀……自害するのは無礼だな」

アヴドゥルは驚いた表情で振り返る。とっさにパチりと指を鳴らして、ポルナレフを包んでいた火が跡形もなく消え去った。承太郎がにやりと笑う。二階堂も驚いたような顔でポルナレフを見つめていた。

「あくまでも騎士道とやらの礼を失せぬ奴!しかもわたしの背後からもナイフを投げなかった……!DIOからの命令をも越える誇り高き精神!殺すのは惜しい!」

何かわけがあるな…、アヴドゥルはポルナレフに歩み寄ると、その額の髪を分ける。そこにはかつて花京院に埋め込まれていたのと同じように、腫瘍と呼ぶにはあまりにも生々しい肉の塊が埋め込まれていた。

「JOJO!」

承太郎が頷き、ポルナレフの側に屈み込んだ。不穏な音を起てながら、スタープラチナが肉の芽の根をさぐっていく。見ていて決して気のいいものではない。「うえええ〜〜〜〜」ジョセフが情けない声を上げた。

「この触手が気持ち悪いんじゃよなァ〜〜〜〜肉の芽を早く抜き取れよ!早く!」

うるせえ急かすな。承太郎が眉間に皺を寄せる。花京院は自分の施術を思い出したのか、なんともいえないような微妙な表情をしていた。抜き出したそれを、ジョセフの波紋疾走が灰にする。宙を走る稲妻を見て、そういえば今日はまだ瞑想をしていなかったな、と二階堂は突拍子もなく思った。「…と!」ジョセフは何を思いついたのか、得意げな表情になって口を開いた。

「これで肉の芽がなくなって"にくめ"ないヤツになったわけじゃな!ジャンジャン…ヒヒッ」

二階堂は思いきり眉間に皺を寄せる。ちろりしたと冷気が花京院の首もとを撫でて、ぞわりと背中の毛穴が開いたような気がした。あわてて振り返ると、

「花京院…二階堂……オメーら、こういうダジャレいうやつってよー…ムショーに腹が立ってこねーか!」

すこしドスの利いた声で承太郎が言う。承太郎とはひょっとしたら気が合うのかもしれないと、二階堂が初めて思った瞬間だった。

「とりあえず、ホテルに戻るとするかの。もうチェックインできる時間だ」
「ポルナレフは……要、担げるか」
「うん」

アヴドゥルになんでもないように頷いた二階堂に、他の高校生組から痛いほどの視線が刺さった。仕方ないだろう、出来るもんは出来るんだから。地に転がっていたマチェットを拾って、二階堂はちいさく息をつく。暫定的にセーラー服の上から腰の裏に締めたベルトのホルダーにそれを戻した。そうだ、もう少しいろんなナイフがあってもいいかもしれない。ジョセフは船をチャーターすると言っていたから、きっと財団と連絡をとる機会があるだろう、その時に一式揃えてもらうか。ついでに、ホルダーを組み込んだり、コートも改造してもらう必要がある。それから、もしもの時に備えて、船内部の機器を弄くれるようなドライバーがあった方がいい。サバイバルも入れてもらおう。
あれこれ考えながら、ポルナレフを肩で担ぎ上げる。波紋使いにして半吸血鬼である彼女にとっては別にそこまで重くはないが、筋肉のついた大柄な男は担ぎにくいことこの上なかった。花京院が軽く頭を抱えているのが視界の端に映ったが、彼は自分にありもしない幻想を抱きすぎだと思う。

「ジョジョ」

二階堂に、二人のジョジョが振り返る。「いや、ジジイの方だけだ」二階堂は尻窄みな声で付けたした。便宜上、ジョセフをジョジョと呼ぶのも、もう控えた方がいいかもしれない。

「財団に連絡するんだろ?いくつか、注文してほしいものがある」
「構わんよ。そういえば要、お前いつの間にそんなナイフを隠し持っておった…さっき買ったというのはそれか?」
「うん、13本くらい」
「まさかカードで…「一括だけど」Oh my god!!」
「……義手一本の値段に比べたら変わらないと思うけどな」

シルバーチャリオッツの最初の一撃を思い出しながら呟く。それに、もう胃の調子は腹が減ったを通り越して気持ち悪いくらいだ。ホテルに帰ったら一番に汗臭いこの男をさっさと下ろしてしまって、ルームサービスを頼もう。それから熱いシャワーを浴びて、ランチが届くまで、ベッドに倒れ込もう。二階堂は心の中で堅く決心した。




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