純然たる誠実に告ぐ | ナノ

最初にこの化け狐の持つ能力に気づいたのは、二階堂要が小学校に上がってすぐのことだった。机の下に落とした消しゴムが頭上に落ちてきた、というのがきっかけで、当時は何が起こったのかわからなかった。手に持っていたカッターが、死ねばいいと思ったいわゆるいじめっ子と呼ばれるたぐいの生徒の肩スレスレのところに突き立てられたとか、空を飛んで行ってしまった見知らぬ子供の風船が黒い影になってしまったと思ったら、手の中にその紐が握りこまれていた、とか、自分が原因ともつかない現象に自覚を持ち始めたのは、狐が二階堂の気を引かんとこの現象を引き起こすようになってからだった。外見こそ不気味で、何を考えているのか分からない狐だったけれども、この能力に利便性を見出すまでに時間は要さなかった。幸い、というべきなのかはわからないが、この狐は五本の指を持つ手を、腕を二つ持っていたから、二階堂の手の届かないところにあるものを運んでくれたこともあるし、だんだん愛着すら湧いてきたような気もしている。けれど二階堂はいままでこの化け狐を目視できる人間に出会ったことはなかったから、誰も知らないこの能力を、できるだけ安全な方法で使いこなそうと思ったし、目立つこともできるだけ避けてきたつもりだった。
今日だって、雨に振り込まれてしまってどうしようかと考えていたところに、誰のものかわからない傘を持ってきた狐に「それはダメだろ」と言って、もとあった場所に戻させたばかりで。
だから、二階堂は現在自分が置かれている状況が理解できないでいる。

「それ、二階堂さんの?」

口を開いたのは、少年の方だった。
二階堂はこの少年の名前を知らない。たしか、ひと月ほど前に隣の隣のクラスにやってきた転入生だ。周りの女の子たちがカッコいいと囃し立てていたことは覚えている。確かに目が大きくてまつ毛が長く、端正な顔立ちだから、きっと将来は美男子になることは約束されたことだろう、他人事のように考え事をしているのは、現実逃避というやつなのかもしれなかった。

「…それって、何が?」

今のいままで握っていた傘のことだったらよかったのに、二階堂は狐にダメだしをして傘を返させてしまった一分前の自分を全力で恨んだ。秘密がばれてしまった。チンピラなどに絡まれるよりも、ずっと肝が冷えるような危機感が二階堂を襲う。口からこぼれ落ちた単語は震えていた。どうしよう、の五文字が頭を駆け巡る。二階堂は直感的に、少年がこの狐を認識していることを悟っていた。
少年は、勝手に二階堂と手を繋いでいた黒い化け狐を指差す。二階堂が更に恐れたことは、狐が全くこの少年を警戒しておらず、気味の悪い赤い宝石のような目で、上機嫌そうな弧を描いていたことであった。二階堂はいままで、こんな風にわらう狐の目を見たことがない。そしてこのおぞましい笑みを浮かべる狐を、少年はさして驚く風もなく、じっと見つめている。

「その、黒い塊、って言ったらいいのかな?狐みたいな、見た目をしているよね」
「……」

とどめを刺されたような気分だった。何を答えようかと言葉を探しているうちに、二階堂は生唾を飲み込んだ。答えあぐねる二階堂の心情を知ってか知らでか、少年はにっこり笑って口を開いた。


「僕の名前は花京院典明。君と、似たようなものを持ってるんだ。だから、怖がらないで。僕は二階堂さんと、話がしたい」





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