純然たる誠実に告ぐ | ナノ

アヴドゥルのクロスファイヤーハリケーンがエジプト十字、アンクを模した巨大な火柱となり、ポルナレフのもとへ迫る。ポルナレフは口角を歪めて笑った。

「"これしきの威力しかないのかッ"!?この剣さばきは炎を弾き飛ばすといったろーがアアア――ッ!!」

弾き返された炎がマジシャンズレッドを包む。自身の炎が強すぎて逆に灼かれている、ジョセフが苦虫を噛み潰したような顔で言った。しかし二階堂は怪訝そうな顔でアヴドゥルの後ろ姿を見つめていた。たしかにうつぶせに倒れてはいるものの、彼はこれっぽっちも苦しそうではないし、アヴドゥルの体からは炎も見られない。
しかしスタンドは確かに燃え盛っているように見えた。もがくマジシャンズレッドがシルバーチャリオッツに襲いかかる様子は、まるで最後の足掻きのような姿であった。そんな歪な攻撃はものともしない、シルバーチャリオッツのレイピアがその体をあっさりと一刀両断する。しかしその炎の下で、にやり、アヴドゥルが口角を上げた。

「み…妙な手応えッ!こ…これは!人形!?」

二つに裂けたかのように見えたマジシャンズレッドの体から炎が吹き出し、シルバーチャリオッツを包み込む。ポルナレフは悲鳴を上げた。ガシャンと音を起ててマジシャンズレッドの人形が崩れ落ちる。

「炎で目がくらんだな。貴様が切ったのは今さっききさまのシルバーチャリオッツが彫った彫刻の人形だ!わたしの炎は自在といったろう。重茂が打ち返した火炎が人形の間接部をドロドロに溶かし動かしているのだ…自分のスタンドの能力にやられたのはお前の方だったな!そしてわたしのクロスファイヤーハリケーンを、改めて……くらえッ!!」

シルバーチャリオッツの体を、業火の十字が包み込む。「占い師のわたしに予言で戦おうなどとは……10年は早いんじゃあないかな」アヴドゥルが勇躍として言った。ジョセフは感嘆の声を漏らす。

「アヴドゥルの『クロスファイヤーハリケーン』…恐るべき威力!まともにくらったヤツのスタンドはバラバラで…しかも溶解してもう終わりだ…」
「ひでーヤケドだ…こいつは死んだな。運がよくて重症だな…いや運が悪けりゃかな…」
「どっちみち…三ヶ月は立ち上がれんだろう……スタンドもズタボロで戦闘は不可能!さあ、ジョースターさん!われわれは飛行機には乗れぬ身……エジプトへの旅を急ごうではないか」

アヴドゥルが踵を返す。四人もそれに倣って、ぶすぶすと煙を上げるポルナレフに背を向けた。二階堂は小さく頬を膨らませて、黒いコートの上から胃のあたりをなぜた。

「おなかすいた」
「ホテルまで行く途中で、何か食べ物を買おうか」

二階堂は小さく頷いた。つくづく本能に素直だと思って、花京院が苦笑いする。ふと見やれば、ユノーが牙をむいて五人の後ろに向かって唸るような仕草を見せていた。ばっと振り返った五人の視線が捉えたのは、はじけるようにして分解したポルナレフのスタンドだった。

「ブラボー!おお、ブラボー!!」

ポルナレフが賞賛の声を上げる。「寝たままの姿勢で空へ飛んだッ!」花京院が目を見張る。たしかに、彼の体は空高くにとびあがったかのように見えるのだ。二階堂が眉間に皺を寄せる。

「いや違う…飛んでいる訳じゃない……『シルバーチャリオッツ』の甲冑を外したんだ…」

ポルナレフの体を持ち上げている、二階堂の目は焼けこげたような色のスタンドを捉えていた。
驚きを隠せなかった一同に、ポルナレフは得意げに笑った。

「あっけにとられているようだが…は私の持っている能力を説明せずに、これから君を始末するのは騎士道に恥じる……闇討ちにも等しい行為。説明する時間をいただけるかな」
「畏れ入る、説明していただこう」

アヴドゥルが軽く頭を下げる。二階堂は冗談じゃないと苦い顔をした。さっさと終わらせてほしいという思いで二階堂の思考の7割が埋まっていたといっても過言ではなかったかもしれない。もう胃の中は空をとうに通り越して、悲鳴を上げている。最後に食べたのが飛行機のまずい機内食であったために、半分も食べなかったことを後悔したくなっていた。

「意地にでもカエル食べておけばよかった」

七体に分裂したように見えるシルバーチャリオッツの分身を遠巻きに眺めながら、二階堂はぼそりと呟く。それが聞こえてしまったのか、承太郎と目が合った。なんでお前はそんなに緊張感がないんだ、というような半ば呆れたような顔をしていた。
(だって、こんなこと。緊張したって無駄じゃないか)
二階堂は非難ともとれるその視線に耐えきれなくなって、しぶしぶ二人の対決に目を戻す。クロスファイヤーハリケーンが避けられ、そのついでにスピードアップしていたチャリオッツの攻撃をくらったのか、アヴドゥルは体をそこかしこを切られ、その頬に聖痕のような吹き出したところだった。手の内を明かされてから攻撃を受けたというのにその仕打ちはなんだと眉間に皺を寄せる。だがその心配は無用だった。

「C・F・H・S(クロスファイヤーハリケーンスペシャル)!!」

いくつもの巨大な火柱が円陣を組んだシルバーチャリオッツのもとへと飛んでいく。前と同じ手では空間を切断されはじき返されることになるが、アヴドゥルがそのように力でゴリ押すタイプではない。ポルナレフの足元が噴火するように爆発し、穴の空いたアスファルトから十字の火柱が吹き出した。放射された熱風が、頬をジリリとなぜる。圧倒的な勝利とはこのことか、二階堂はパチパチと火の粉を散らすアヴドゥルのスタンドを、ただじっと見つめていた。




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