純然たる誠実に告ぐ | ナノ

二階堂の眉間にぐっと皺が寄る。一番最初に手を上げたのは、自分だった筈だからだ。その視線に気づいたのだろう、男はフッと笑い声を漏らして言った。

「こうみえて私はフェミニストでね、女性に手を上げるという真似はしたくない…特に二階堂要、貴様はDIO様のもとへ生きたまま連れて行かねばならぬことが決まっている、故に貴様を倒すのは最後だ」

言い返そうとした二階堂を制して、アヴドゥルが一歩前に出る。ユノーが牙を剥いたが、彼に退く様子は見られなかった。

「テーブルの炎が…『12』を燃やすまでにこの私を倒すだと……相当うぬぼれがすぎないか?ああーっと、」
「ポルナレフ……名乗らしていただこう。ジャン・ピエール・ポルナレフ!」
「メルシー・ボークー、自己紹介恐縮のいたり……しかし」

10の目盛りを指そうとしていたテーブルに向かって腕を振ると、マジシャンズレッドの炎が轟々と立ち上がり、火時計の下半分を燃し尽くした。ジョセフが驚きの声を上げる。二階堂も少しだけ目を見張った。アヴドゥルの炎を、戦闘として見るのは、なんだかんだこれが初めてだったせいもある。

「ムッシュ・ポルナレフ……私の炎が自然通り、常に上の方や風下へ燃えていくと考えないでいただきたい。炎を自在に操るからこそ、『魔術師の赤(マジシャンズレッド)』と呼ばれている」
「フム、この世の始まりは…炎に包まれていたさすが始まりを暗示し、始まりである炎を操るマジシャンズレッド!しかしこの俺をうぬぼれというのか?このおれの剣さばきが…自惚れだと!?」

ポルナレフが放ったコインを、シルバーチャリオッツのレイピアが正確に突き刺す。その間に、マジシャンズレッドの炎を舐めるようにして取り込んで突き刺したのを、二階堂の視界はかろうじて捉えていた。二階堂は静かにアヴドゥルの後ろ姿を見つめる。この狭い中華料理屋で、彼の炎を扱うのはとてもじゃないが得策とは言えない上に、早くもウエイターが騒ぎ始めていた。二階堂は至極うっとおしそうな顔をして、騒ぐ男の頭を蹴りつけて昏倒させる。ずいぶん乱暴だなと花京院は顔をしかめた。

「アヴドゥル、お前の炎の能力は広い場所の方が真価を発揮するだろう?そこを叩きのめすのが、俺のスタンド…"侵略と勝利"の暗示を持つ『戦車(チャリオッツ)』に相応しい勝利…全員面へ出ろ!順番に切り裂いてやる!」

気づけばポルナレフは出口に立っていて、そう宣言した。正々堂々、正面をきって対決するのが、彼の騎士道における美徳だそうだ。道理に適った提案に、一同は彼の後に続くことにした。テーブルや床に刺さっていたダガーナイフを抜いて、ところどころ焦げ付いた絨毯を踏みしめながら、「騎士道もへったくれもない」二階堂は床に転がったカエルの丸焼きを見つめながら小さく呟く。食べ損ねたことを不機嫌に思っているのだと気づいたジョセフは思わず苦笑いした。

「しかしこんなところに、アヴドゥルの真価が発揮できるような場所があったかの」

ジョセフはあご髭を親指で撫でつけながら呟く。しかし一行は既に香港の市街地からもずいぶん離れたところに来ていた。ポルナレフは歩いて数分もかからない、曲がり角の先にあった屋敷の門を潜る。訝しむような表情で後に続いたその先に広がっていた光景に、ジョセフは息を呑んだ。

「なんじゃ、ここは…」
「タイガーバームガーデン、か」

二階堂は小さく呟く。「"この庭には実に嘔吐を催させるようなものがあるが、それが奇妙に子供らしいファンタジイと残酷なリアリズムの結合に依ることは、訪れる客が誰しも気がつくことであろう"……って、三島由紀夫が」かつてある小説家がここを訪れた時の描写を、彼女は覚えていた。

「だれじゃそれは」
「知らないならいい」

それにしたって、ここにあったのか……まったくその通りだ。二階堂は感心しながら、たしかにまるで現実離れしたような空間に感嘆の息を漏らす。色とりどりの像がそこかしこに隙なく積まれ、中国独特の五色を基調としたそれらはひしめくようにしてまったく異彩を放っていた。これが作られたのは確か半世紀以上昔だったかと思うが、しかしそれらは退色の気をまったく見せず、まるで子供の玩具箱をひっくり返したような光景だった。
(玩具箱というには一つ一つの像が色々アレだったりもするけれど)
二階堂は水色の階段を登りながら、仰向けに倒れたような裸体の女の像を見下す。ユノーはめずらしくじっとしていた。安っぽいテーマパークに飾られていそうな、妙につるんとした虎の彫刻が気になるのかもしれない。

「ここで予言をしてやる、まずアヴドゥル……"貴様は、貴様自身のスタンド能力で滅びるだろう"…」

にやりと笑ってみせたポルナレフとは対照的にアヴドゥルは黙ったまま、無表情でいた。その名を呼んだ承太郎をも制して、しかしその瞳はじっと鈍色に光るシルバーチャリオッツを見つめているようだった。

「ヤツの言う通り、これだけ広い場所なら思う存分『スタンド』を操れるというもの…」

次の瞬間、シルバーチャリオッツがマジシャンズレッドに斬り掛かる。突きを避けながらバックステップで、炎を吐くタイミングを伺っているようだった。突きのスピードがみるみる間に上がっていく、半ば苦し紛れに吐き出された炎はそれでも勢い強く、チャリオッツはよろめいた。しかしレイピアで器用に受け流し、"空間を切り裂き"、弾き返す。そのレイピアの剣先には、マジシャンズレッドを真似た像が出来上がっていた。

「野郎ッ!こ…こけにしているッ……突きながらマジシャンズレッドそっくりの像を彫ってやがった!」

コンクリートがむき出しにされた灰色のマジシャンズレッド。炎でちりちりと燻るようにして赤くなっていた。悪趣味だな、なぞ思っている二階堂をよそに、アヴドゥル身構える。ジョセフははっと三人を振り返って言った。

「三人とも、何かに隠れろ。アヴドゥルの『あれ』が出る……とばっちりで火傷するといかん」
「"あれ"だと?」

承太郎が眉を寄せ、花京院は二階堂を窺った。「私も知らない。ジョジョが言うんだから、隠れておこう」二人の学ランの裾を引っ張って、二階堂は小さく呟く。

「クロスファイヤーハリケーン!」

肩を寄せ合うようにしてぎゅうぎゅうと物陰に収まった三人の視線の先で、踊るようなアンクの火柱が上がった。




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