純然たる誠実に告ぐ | ナノ

「すみません」

男の声に、二階堂は首だけで振り返った。

「やっ、これはこれは、さっきのお嬢さん」

見覚えのある銀髪の男だった。先ほどナンパまがいに声を掛けられたことは二階堂もさすがに覚えていて、眉を潜める。

「知り合いか?」
「知らん」

ジョセフに、二階堂はバッサリと言った。男は大げさに肩をすくめる。

「こりゃ、手厳しい…。ですがちょっといいですか?わたしはフランスから来た旅行者なんですが、どうも漢字がむずかしくてメニューがわかりません。助けてほしいのですが…」
「やかましい。向こうへ行け」
「ウエイターに直接訊ねればいいじゃないか」
「おいおい承太郎に要…まあいいじゃないか」

なだめるように言って、ジョセフがウエイターを呼びつけた。「わしゃ何度も香港はきとるから、メニューぐらいの漢字はだいたいわかる」彼はそう宣ったが、その向かいの席で二階堂はそっぽを向いて小さく頬を膨らませていた。ジョセフに広東語が読めるわけが無いと知ってのことだ。以前もその前も、香港でレストランに入った時には、メニューはいつも二階堂が読んで解説したのをジョセフが決めるという方式をとっていた。エビとアヒルとフカヒレとキノコの料理。銀髪の男が頼みたかったそれらに反して、案の定、運ばれてきたのは予想の斜め上を行くものだった。

「おかゆに魚の煮付け。貝料理と、それから……カエルの丸焼き」

花京院が小さな声で、圧倒的な存在感を放つそれを見つめた。わしの奢りでいいから一緒に相席していけばいい。そう言って(旅行客を巻き込みつつも)笑ってごまかしたジョセフをよそに、二階堂は小さくため息をつく。一方で、こうなることを知っていたな、という承太郎の視線が二階堂に突き刺さっていた。ぷいと花京院側にそっぽを向いた二階堂に「やれやれだぜ」と口癖をこぼす。花京院は丸焼きにされたカエルから、目が離せないでいるようだった。

「なにを注文してもけっこう美味いものよ」

ジョセフが言うからには、と、堪えるのに必死だった空腹を思い出す。二階堂はならばいっそ、と迷いなく、カエルの腹に箸を突き刺した。承太郎が目を見開いてそれを釘付けにする。花京院は、カエルが潰れたようなうめき声を上げた。二人の無言の抗議に、二階堂は無表情のまましれっと言った。

「カエルは鶏肉の手羽先と、ほとんど同じ味だって聞いたことがある。味が美味いなら外見なんて、気にするのは無駄だ」
「旺盛すぎる好奇心もどうかと思うよ要…」
「猿の脳味噌や赤犬よりカエルの方が、抵抗は少ない」

食べる気満々で生々しいカエルのカタチをしたそれを見つめながら言ってみせた二階堂に、花京院の頬は不自然に引きつった。二階堂がカエルの脚を持って、べりっと二つに裂く。美少女がこんがりローストされたカエルの脚をつまんで引き裂くといった様は、絵面的にどうしても目も当てられない。花京院が無言でハイエロファントグリーンを発動させて、その片脚を口に運ぼうとした二階堂の腕を止める。二階堂が抗議の視線を向けようとした、その時だった。

「手間ひまかけてこさえてありますなあ…ほら、このニンジンの形………スターの形…なんか見覚えあるなあ〜…」

器用に箸を使って、星形にくりぬかれた人参を見つめながら、男が口を開く。そのセリフにピクリと反応して、二階堂は意識をカエルから男に向けていた。それは二階堂だけではない。五人の視線が、一気に男に集まる。

「そうそうわたしの知りあいが、首すじにこれと同じ形のアザをもっていたな…」

一気に空気が張り詰めた。「きさま!新手の……」そう言いかけた花京院に、男は不敵な笑みを浮かべる。首筋に星型の人参を貼り付けた。それは無言の肯定だったのであろう、ジョセフの前に据えられた粥が沸き立った。

「ジョースターさん危ないッ!スタンドだッ!」

アヴドゥルが叫んだその瞬間、二階堂は椀から飛び出してきた腕に向かってダガーナイフを飛ばしていた。ユノーが触れた後のそれが現れたスタンドの腕に弾かれる。その衝撃で、ジョセフに降ろされたかと思ったレイピアは空を切り、テーブルクロスごと回転テーブルを裂いた。テーブルの上にあった食器が大きく音を起ててひっくり返る。丸焼きにされたカエルやら貝やらが、濃いワイン色をした質のよいカーペットの大きく散らばった。
弾かれつつもテーブルの角に刺さったダガーナイフと自らの位置を交換した二階堂は、スタンドの本体である男に向かって回し蹴りを繰り出すも、第一撃は素早く男の身を引っ張ったスタンドによってかわされた。二階堂の持ち前の動体視力が捉えたのは、銀色の甲冑を纏ったスタンドだった。鋭いレイピアの突きをナイフでいなす。スタンドの腕を掴んで捩じ伏せようとしたが、思いの外その甲冑は重く揺るがない。目を見開く二階堂に、一瞬の隙が出る。それを見逃さなかったスタンドがレイピアを振り上げる一歩手前に聞こえた「離れるんだ要!」そのアヴドゥルの声に、二階堂は二本目のダガーを飛ばした。

「マジシャンズレッド!」

炎の渦が男のスタンドに降りかかる。そのとき既に二階堂は花京院の隣に戻っており、そのすさまじい炎を浴びることはなかった。一瞬にして炎に包まれたかと思ったが、様子がおかしい。男のスタンドのレイピアが炎を絡めとって、マジシャンズレッドの炎すら意のままに切り裂いていた。男はどろりと濁ったその瞳を研ぎすませ、鋭い視線を五人に向ける。

「おれの『スタンド』は戦車のカードを持つ……『銀の戦車(シルバーチャリオッツ)』!」

猛々しく、しかし挑発的に。シルバーチャリオッツは五人に刃を向けた。二階堂はふと男の視線の先を振り返る。回転テーブルの上に炎で象られた文字が浮かんでいた。

「そのテーブルに火時計を作った!モハメド・アヴドゥル、その火が12時を燃やすまでに……貴様を殺す!!」




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