純然たる誠実に告ぐ | ナノ

車通りの多い道を、振り返ることもせずに歩き続ける二階堂に、承太郎が口を開いた。

「おい、どこに行くつもりだ」
「答えてどうする」

二階堂は間髪入れずに答えた。承太郎が舌を打つ。それを二階堂は無表情のまま、鼻で笑った。彼女は何かの店を探しているようだというのは、キョロキョロとした視線からわかる。承太郎よりも若干早足で歩く二階堂は、途中で男をひとり捕まえて、何かを訊ねていた。道を訊いているようだった。男が指差した先を承太郎は振り返る。金物屋のようだった。

「中まで付いてくるのか」
「そうしろと言われてるぜ」
「……」

少し嫌そうな顔をした二階堂ががらがらと引き戸を開く。外から見れば金物屋だったが、そこはあらゆる刃物を扱う店のようであった。こんな店、どうして見つけたんだと承太郎は眉を寄せるが訊くのはやめる。どうせ答えないつもりだというのは見えていたからだ。そして、そういえば飛行機の機内で食事用のナイフを、まるでダーツでもするかのようにして、壁に突き刺していたのを思い出す。二階堂はナイフを買うつもりだったのか、と彼はひとり納得した。一方で二階堂かてこんな店があるとは思わなかったというのが真相だったが、飛行機の機内用カトラリーよりはずいぶんましでありそうな、アウトドア用とも軍事用ともつかないナイフがいくつも並んでいる。ギラギラと光を反射して、これらが総じて凶器と呼ばれねばならない理由が一目で理解できた。

「日本から出れば、銃刀法違反もない」

二階堂は呟く。一応、承太郎への説明のつもりだったのかもしれない。手短かなところにあるスキナーを一本手に取ってグリップの握り具合を確かめてみる。しかしこの薄い刃では刺さらないかと思って、もとあった場所に戻して、今度はランボーと書かれた欄にあったものを手に取ってみた。どれが投げやすいだとか刺さりやすいだとか、そういう知識も入れておけばよかったと少し後悔しながら、何種類か、気に入ったものの在庫を確認していく。承太郎は黙ってその作業を見つめていた。
結局、明らかに軍用と見て取れる、ごつめのランボーを二本、鹿角が柄に使われているせいか、妙に手によく馴染んだアメリカ・ボーイを二本とマチェットを一本、シンプルなデザインだが重く鋭いダガーを八本、それぞれ購入することにした。ついでにホルダーとベルトを二・三本、適当なものを選ぶ。どれもかなりの値が張ったが、支払いはジョセフのカードで一括だ。あとでなんと言われるかはだいたい想像できるが、今必要なものは仕方ない。用途もわからないナイフの大量購入に店主は眉を潜めていたが、二階堂は何の気なしに店を後にする。また、ガラガラと音を起てて引き戸が閉まった。ずっと黙っていた承太郎をふと見上げてみたら、彼もまた、店主とおなじような顔をしていた。

「そんなもの買ってどうするのかって?」
「……俺は何も訊いてねーぜ」
「だって、知りたそうにしていた」
「訊いたらてめーは答えるのか」
「さあね」

しれっとそう言ってのけた二階堂に、承太郎はいつものように眉間に皺を寄せた。その実、用途はだいたい想像できていたが。降り注ぐ午前の日差しに、二階堂は鬱陶しそうに目を細める。眩しいらしい。

「いや……一つだけ、なんでも答えよう」
「なんだと?」
「君は私のことが嫌いだろ?…まあ、君と仲良くなろうとは、微塵も思わないけれど。だが、君と私はまがいなりにも親戚だ……それに、ジョセフから君のことは聞かされている。だから私は君のことを、それなりに知っている。けれど、君が私のことを知らないのは、フェアじゃない」

二階堂は承太郎の目を見てしかし口早に言った。つくづくこの澄んだ海のような色のエメラルドグリーンが苦手だと思った。一方で承太郎も、その赤色の双眸をじっと見下していた。この二階堂要という人物が普通の人間と少々違っている、というような旨だけは、ジョセフから聞いている。それがDIOに狙われている原因であることも。それ以上のことは何も聞いていない。だが、かの吸血鬼の写真を見れば一目で分かる。この女は、その眼光が、存在感が、あまりにもDIOに似ていた。その、まったく浮世離れしたような、中途半端な髪の色を除けば、まったく完成された彫刻のような容姿も含めて。DIOの子孫であるにも関わらずジョースターに引き取られ、一方でDIOに狙われ、そして自分たちと行動を共にする理由を、承太郎は知りたかった。帽子の鍔が、承太郎の目もとに影を落とす。ものものしい声で言った。

「テメー、何者だ」
「その質問は前に答えた。二度も答えるなんて、そんなん無駄だ」
「それじゃあ質問を変えるぜ。テメーの目的は、何だ。俺は、それがわからねぇ」

ふむ、二階堂は少し考えるような仕草をとる。無表情は、蝋人形のようなそれからちっとも変わらない。ただ言葉を選んでいるだけのようだった。

「不誠実を晴らすこと、それが目的だ」
「……それは一体どういう意味だ」

承太郎は顔をしかめる。二階堂はひょいと肩をすくめて踵を返した。

「それは二個目の質問だ、空条承太郎」
「さっきの質問の答えになってねぇぜ」
「答えもなにも…そのままの意味だ」
「ずいぶんと自分本位だな」
「君に言われたくないが、否定はしないよ」
「……やれやれだぜ」

鍔を摘んで、承太郎は呟く。ホテルのロビーにたどり着くと、戻ってきた二人に気づいたジョセフがソファに腰掛けたまま手を振った。黙ってジョセフのカードを差し出すと、「要、いつの間に…!」彼は目を見開いたが二階堂は素知らぬ顔で明後日の方向を向く。ありもしない何かを探すような目線だった。承太郎は少し目を見開いた、どうやら二階堂のカードであると思っていたらしい。帽子をかぶり直すのはこれで数度目だった。ユノーが影から飛び出して、大きな口でゲラゲラと笑うような表情を作った。



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