純然たる誠実に告ぐ | ナノ

頭が大きく割れ、舌が裂けた老人は、かろうじてそれでも生きているようだった。

「こいつのひたいには……DIOの肉の芽が埋め込まれていないようだが…!?」
「タワーオブグレーはもともと旅行者を事故に見せかけて殺し、金品を巻き上げている根っからの悪党スタンド……金で雇われ、欲に目がくらんでそこをDIOに利用されたんだろうよ」

アヴドゥルが静かに返す。花京院はぐっと何かを考えるような、微妙な表情をしていた。やがて無線の回線修復に成功した二階堂が、静かに目を開く。

「ジョジョ、コックピットの操縦機がすでにやられていた。救援信号は出せるようにしたが、自動操縦機も修復不可能だ」
「なんじゃと!それを早く言えッ!!…まずい、傾きはじめておる!」

ジョセフが機内の前方に向けて走り出した。他の四人も、その後を追う。スチュワーデスが立ち入り禁止だと忠告したが、あいにくジョセフの耳には届かない。彼女たちの間をすり抜けるようにして、二階堂もコックピットの中に入っていった。承太郎がスチュワーデスを突き飛ばすのが尻目に見えたが、二階堂の知ったことでは無い。二階堂が来るのがわかったのだろう、狐の尾が扉を開く。やっときたな、と歓迎するかのように、ベルヴォルペ・ユノーが尾を振った。
操縦席に駆け込んだ一行が目にしたのは、二階堂が先に触れた通りの光景だった。白目を剥いて倒れる三人の制服姿の男たち。操縦席の上や床に、もんどりうって倒れ、もがいた形跡があった。生臭い血の匂いが充満したコックピットの中は異様な熱気が籠っている。機器が破壊されたせいもあって、温度が上がってしまったのだろう。承太郎の目が穴の空いた操縦士の口の中を捉えて、彼は思わず顔をしかめた。

「やはり舌を抜かれている…あのクワガタ野郎!」
「おい、メーターを見ろ。私は詳しいことはよくわからないが、高度が下がっているみたいだ」
「ああ……この機は墜落するぞ」

ジョセフの言葉に二階堂は顔をしかめる。操縦席から死体をどかそうと腕を掴んだその時だった。

「ぶわばばばばばあはははは―――ッ!!」

それは悲鳴とも笑い声とも付かない叫びだった。濃くなった血の匂いに、二階堂が喉元を軽く抑える。承太郎が振り返ると、そこにはタワーオブグレーの本体の老人が全身から血を吹き出しながら、しかし二本の脚で立っていた。

「わしは事故と旅の中止を暗示する『塔』のカードを持つスタンド!お前らはDIO様の所へは行けん!たとえこの機の墜落から助かったとてエジプトまでは一万キロ!その間!DIO様に忠誠を誓った者どもが四六時中貴様らを付けねらうのドァッ!!世界中にはお前らの知らん想像を超えた『スタンド』が存在するゥ!DIO様は『スタンド』を極めるお方!DIO様はそれらに君臨できる力を持ったお方なのドァ!たどり着けるワケがぬぁ〜〜〜〜い!貴様らエジプトへは決して行けんのどあああああばばばば」

半ば断末魔のような口上を述べ、老人はべちゃりと音を起てて倒れ臥した。かろうじて息があったというのに、これではDIOの情報を吐かすというわけにもいかなくなってしまった。震え上がるスチュワーデスをよそに、二階堂は冷静にそのグロテスクな死体を見つめていた。とりあえず邪魔だ。ユノーに合図する。狐は触れたくないのか一度だけ二階堂に牙を剥いたが、フンと鼻息を漏らして従順に従った。折り重なる操縦士たちの死体の横に、それが暫定的に安置される。
さすがプロだな、スチュワーデスは騒がなくってよいぜ、と承太郎が小さく呟いた。こんな時でもそんなことを気にするのかと二階堂は若干呆れ混じりの息をつく。

「そこで頼むが、このじじいがこの機をこれから海上に不時着させる。他の乗客に救命具をつけて座席ベルトを締めさせな」

飛行機の操縦なんてできたのか、という二階堂の視線をよそに、ジョセフはとうに操縦席に着席していた。「うーむ、プロペラ機なら経験あるんじゃがの…」若干不安が残る言葉を呟く。

「プロペラ……」
「いつの時代の話だ…」

花京院と二階堂は不安と疑心の入り交じった目で彼の背を見つめた。ジョセフはそんな二人の目線を知ってか知らでか、ハンドルを握った。

「尾翼は折られておらんかったのが幸いと言おうか、コントロールは効くようじゃの」

どうやら首尾は同じらしい。右前斜めに傾いていた機体が、水平を取り戻す。二階堂はひとつ息をついて、不安そうにしていたスチュワーデスに告げた。

「この通り、一応は大丈夫そうです。救援信号も送りましょう。誰か、無線でここから一番近い空港に連絡してください。それから、不時着するというアナウンスも。機長からのアナウンスはこの様なので出来ませんが……とにかく、落ち着いた対応を」

二階堂の言葉に、彼女たちはぐっと顔を引き締めて頷いた。ぱたぱたと小走りに去っていく彼女たちを見つめて、「なるほどたしかに、さすがプロだ」花京院が感心したように言った。ジョセフが半ば呆れたように頬を掻いた。

「しかし承太郎…これでわしゃ三度目だぞ、人生で三回も飛行機で墜落するなんてそんなヤツあるかなぁ」

その台詞に、他の四人は言葉を失った。

「二度とテメーとは一緒に乗らねえ」

承太郎が重い声で呟く。二階堂も全く同意見だった。




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