純然たる誠実に告ぐ | ナノ

よろよろと立ち上がった老人が廊下に這いずるようにして足を出す。トイレに行こうとしたのだろう、途中で壁の血文字に触れて、情けない悲鳴を上げた。騒がれてはまずいと当て身を食らわせた花京院が、四人を振り返る。

「他の乗客が気づいてパニックを起こす前に、ヤツを倒さねばなりません…アヴドゥルさん、炎のスタンドはこの飛行機までも爆発させかねないし、JOJO…君のパワーも機体壁に穴でも開けたりしたら大惨事だ!要の能力でも相性が悪い……ここは私の静なるスタンド『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』こそ、ヤツを始末するのにふさわしい」

二階堂は何とも言えない表情で、そう言い放った花京院の目をじっと見据えた。彼のいうことはもっともな正論だ。しかも、二階堂はユノーの目で操縦席の機器が破壊されていることも知っている。よもや二階堂が出る幕ではない。花京院をのその言葉を信じて、自分はユノーを越しに無線やら信号やらを回復させるのが第一だろう。ぐっと拳を握りしめ、しかめ面のまま一つ頷くと、花京院が若干口角を上げた気がした。

「花京院典明か。DIO様から聞いてよーく知っているよ。自分のスタンドが静と知っているなら俺には挑むまい……貴様のスピードでは、俺を捉えることは出来ん!!」
「そうかな」

花京院がタワーオブグレーを睨みつける。そしてすぐさまエメラルドスプラッシュが弾き出された。
ああ、そういうことか、二階堂はひとりごち、目を閉じる。ユノーの作業に手を貸すためだった。ヴォルペコーダ・ユノーは本体から離れれば離れるほど、姿を消すことも精密な動作をすることも苦手になる。万が一でも誰かに見つかったら大変だ、という配慮も込めて、姿がキチンと消えていることをまず確認した。まずは無線だけでも回復させなければ。自動操縦機はもう修復不可能と見えたが、今すぐこの飛行機が落下するということはない。ジャンボジェット機というものは、そういう風に出来ているからだ。きっと本体のスタンド使いも命は惜しい筈だ。その証拠に、緊急着陸に必要なものはなにも破壊されてはいなかった。ユノーにあれこれ指示を出しながら、二階堂はぶつ切りにされた配線を一つ一つ繋ぎ合わせていく。こういう時に自分のスタンドがスタープラチナのような精密性を持っていたらと思う。隣の芝が青いだけ、というのは重々承知済だが、自我を持つベルヴォルペ・ユノーはなかなかに言うことを聞かない。
一方、タワーオブグレーは花京院のエメラルドスプラッシュを避け続けていた。余裕を見せびらかしたいのか、タワーオブグレーは奇声を上げながら真っすぐ花京院のもとへ向かっていく。とうとうその口針がハイエロファントグリーンの口元を掠めて散った。花京院の口元から血が吹き出す。

「か…花京院!」

二階堂はぐっと目を閉じたまま、少しだけ濃くなった鉄の匂いから意識を逸らそうと唇を噛んだ。そんな二階堂の動揺を感じ取ったユノーに落ち着けと言い聞かせ、目の前の銅線の束に向き合う。突き刺さった部品の破片を取り除き、線を傷つけないように剥くのは手間だ。慎重にならねばならない。これが正しければ、あと三本で、回路が復活する。正念場だ。

「お前なあ!数撃ちゃ当たるという発想だろーがちっともあたらんぞ!スピードが違うんだよスピードが!…ビンゴにゃあノロすぎるゥゥゥゥ!!」

思わず膝を折った花京院に、勝ち誇ったとでも言うかのような奇声を上げてタワーオブグレーは宣言した。

「そして花京院!次の攻撃でこんどは貴様のスタンドの舌にこの『塔針(タワーニードル)』を突き刺して引きちぎる!」
「エメラルドスプラッシュ!」
「わからぬかハハハハハハ──────ッ!!おれに舌をひきちぎられると狂い悶えるンだぞッ!苦しみでなァ!」

エメラルドスプラッシュの間をくぐり抜けるようにして口針を伸ばしてきたタワーオブグレイに、花京院の口角が不敵に上がった。

「なに?引きちぎられると狂い悶える?…わたしのハイエロファントグリーンは……"ひきちぎると狂い悶えるのだ"……喜びでな!」

次の瞬間。ハイエロファントグリーンの触手がタワーオブグレーを捉えていた。バキバキと音を起てて、クワガタ虫はバラバラに砕かれる。どうやら強度はそこまで丈夫でなかったらしい。

「すでにシートの中や下にハイエロファントグリーンの触手が延びていたのだ…エメラルドスプラッシュでそのエリアに追い込んでいたことに気づかないのか」

花京院が当て身を食らわせた老人が悲鳴を上げて倒れる。スタンドがバラバラにされた今、彼の末路も決まったようなものであった。舌におぞましい鍬形虫の模様が浮かぶ。それが二つに裂けると同時に、全身から血を噴き出して仰け反った。

「さっきのじじいが本体だったか……フン、おぞましいスタンドにはおぞましい本体がついているものよ」

花京院は吐き捨てるように言った。




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