純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ビクリと身体が震えて、二階堂は目を覚ます。冷や汗が額にじんわりと浮き出て、二階堂は咄嗟に窓の外を睨みつけた。そこにはなにもない、ただの暗闇が広がっていて、その向こうに潜む"何か"の正体は掴めなかった。時計を見やれば午後十時三十五分、東シナ海上空を航空中、という電光掲示板が点滅していた。

「っ!」

二階堂と同じ心地を味わったのだろう、前の席で、なぜジョセフと承太郎が息を飲む。

「見られた…今、DIOにたしかに見られた感触があった…!」
「ああ」
「お前もか、要」

二階堂は黙って頷く。ユノーは毛を逆立て、牙を剥いていた。直感的に"何か"がいると察しているようで、じわじわと姿を消して宝石だけの姿になると、どこかへ駆けていく。それを横目に見送りながら、ジョセフは言った。

「気をつけろ、早くも新手のスタンド遣いがこの機に乗っているかもしれん」

言いようのない妙な緊張感が張り詰める。と、その時。
ブオン、と奇妙な音が聞こえて、二階堂は咄嗟に身をひねった。

「無駄ァッ!!」

視界を横切った『何か』に、振り向きざまに繰り出された左拳の正拳突きはひらりとかわされ、二階堂は小さく舌打ちする。物陰に隠れたそれが何かは、わかった。承太郎もそれを見たのだろう。

「カブト…いや、クワガタ虫!」
「アヴドゥルさん…あれはスタンドだな?」

二階堂が立ち上がったアヴドゥルに一瞥くれる。彼は静かに頷いた。

「ありうる…虫の形をした『スタンド』……『人の舌を好んで喰いちぎる虫のスタンド』使いがいるという話を聞いたことがある!」

そしてアヴドゥルは目を見張った。

「……JOJO!君の頭の横にいるぞ!」

でかい、花京院が小さく呻き声を漏らした。その『クワガタ』は人の頭ほどの大きさで、汚らしくも涎を垂らしながら承太郎の頭のすぐ隣に羽音を起てながら静止していた。二階堂は夕食が配膳されたときに拝借しておいた金属製のナイフを手に取る。ベルヴォルペ・ユノーが既に触れたあとのものだ。両腕の感覚が『交換』された今、ナイフにあてられるストックは3本分しかない。つまり、今、二階堂に出来るのはナイフを利用した瞬間移動だけだ。それも、二階堂が移動できるのは自分というストック一回分だけ。本体を探しているであろうユノーを一旦呼び寄せようかと思ったが、移動速度の早いわけではない狐を攻撃されたらひとたまりもない。(だから二階堂はいつも、自分のスタンドを影の中に隠している。)あのスタンドと正面切って戦うのは、自分では圧倒的に不利だと察して、ひやりと肝が冷える。人知れず背中を冷や汗が伝った。
承太郎が、ここはおれに任せておけ、と一言、真っすぐにその虫を睨みつけた。

「『白金の星(スタープラチナ)』!」

しかしそのスタープラチナの腕がそれを捕まえるよりも一瞬早く、その虫はその場を離れていた。弾丸を掴むほど素早く正確な動きをするスタープラチナの動きよりも早い。四人が息を呑む間に、クワガタ虫はその口針を承太郎に向けて伸ばしていた。

「しまったッ!」

すかさず防ごうとしたスタープラチナの掌をずぶりと突き破り、口針はなんとかスタープラチナの歯と歯の間に封じられた。承太郎の唇の端から赤い血が伝う。二階堂はついとそれから目を逸らし、あたりを注意深く見回した。このどこかにスタンド使いが潜んでいると思ったからだ。しかし周りは静かに寝息を立てる乗客ばかりで、狸寝入りを見抜くのは至難の技である。ユノーと右目の視界を交換するも、彼もまた見つけることが出来ないでいるようだった。

「承太郎のスタンドの舌を喰いちぎろうとしたこいつは…やはり"ヤツ"だ!タロットでの『塔のカード』!破壊と災害…そして旅の中止の暗示を持つスタンド……『灰の塔(タワーオブグレー)』!!」

アヴドゥル曰く、飛行機事故、列車事故、ビル火災などの事故に見せかけて大量殺戮を起こすスタンドであり、昨年イギリスで起きた三百人規模の飛行機墜落事故はこのスタンドによって引き起こされたものだという。「DIOの命令か…」二階堂は小さく呟く。しかし口針を捉えられ、固定されていればそれまでだ、スタープラチナが構える。

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!……はっ」

しかしいつの間にかその口針はへし折られ、両手のラッシュもかわされていた。二階堂が逃げたその先にナイフを投げつけるも、やはり避けられ向かいの天井に突き刺さった。
やはりこの乗客の中から、本体を探すしかないか。そう思った矢先、二階堂は右目の視界で目の当たりにした凄惨な光景に息を飲んだ。

「ジョジョ、コックピットが…!」
「どうした要!」
「コックピットにヤツの攻撃を受けた跡がある…操縦士が……全員、既にやられているッ!」
「なんじゃと!」

姿を消したタワーオブグレイが、若干距離を取って再び姿を現した。不気味な笑い声を発したかと思うと、次の瞬間。シートを突き破り、その口針で眠っていた乗客たちの頭を真っすぐに貫く。血しぶきが舞い、人間の頭に穴が空く、体がビクンと仰け反った。男の口の中から飛び出してきたクワガタの口針には、四枚の人間の舌がぶら下がっていた。

「ビンゴォ!舌を引きちぎった!そしておれの目的は……」

舌から滴り落ちる血液で、タワーオブグレイは壁に文字を書き出す。
Massacre!(皆殺し!)
掲げられたその言葉に、「やりやがった…」アヴドゥルが怒気を孕んだ声を出した。二階堂もまた、不快な笑い声をあげるクワガタ虫を見据え、ナイフを投げる動作に入る。しかしそれが完遂される一歩手前に花京院のハイエロファントグリーンがその腕を静止させた。二階堂は静かに花京院を睨む。彼はこちらを見ていなかった。同じく激昂し、マジシャンズレッドを発現していたアヴドゥルに、花京院は叫んだ。

「まて!待つんだアヴドゥル!」

花京院の言葉に、アヴドゥルははっと我に返ったようだった。彼らの視線の先には、眠りから目覚めた一人の老人の姿があった。二階堂は歯ぎしりを起てる。閉じた右目の視界ではユノーがコックピット内を行ったり来たり、本体を探すことなど既にそっちのけで、コックピット内の機器を確認していた。




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