純然たる誠実に告ぐ | ナノ

空条ホリィの命は、あと五十数日くらいだという。あのシダのような植物のスタンドはやがてホリィをすっかり覆ってしまうことだろうとアヴドゥルは宣告した。このままでは、やがて彼女は高熱の症状だけでなっく様々な病状を併発し、昏睡状態に陥り、そして二度と目覚めることはないのだと、彼は言った。アヴドゥルは、そのような症状で死んでいったスタンド使いに『なれなかった者たち』を何度か見たことがあるという。昨日からは財団の医師が派遣され、あれこれと色々な検査を行っていた。しかしそれらは実際には無用の長物である。スタンドが見えない彼らでは、彼女にどうすることもできない。スタンドが見える二階堂たちにさえ、どうすることもできなかったのだ。二階堂はホリィのスタンドをベルヴォルペ・ユノーで取り除こうとしてみたが、どういうわけかユノーですら触れることは叶わなかった。
出発の日の昼過ぎ、一度意識を取り戻したものの、すぐまた気を失ってしまったホリィに「必ず助けてやる、心配することは何もない……安心していればいいんだよ」と語りかけるジョセフを遠目に見ていた。承太郎やジョセフに心配をかけまいと気丈に振る舞うホリィにせよ、自身のスタンドが発現してからというものずっと彼女を気にかけていたジョセフにせよ、あれが人の親というものか、と、どこか他人事のように思う。けれど彼らのその『優しさ』のベクトルは、決して彼らの中だけに向けられたものではなかったことを二階堂は思い出して、その無表情が若干崩れる。護らねばならない、温かい人たちだと思った。冬の空はこれでもかというほどに快晴だった。

「おい、テメェの番だぜ二階堂」

何かをぼうっと考えるような顔をして、搭乗口の前に突っ立っていた二階堂に、承太郎が小さく舌打ちして言った。それでようやく現実に引き戻されたのか、彼女は「悪い」と謝罪の言葉を口にすると、黒のロングコートのポケットからチケットとパスポートを取り出して、添乗員に差し出した。承太郎は一度帽子を被り直してから、二階堂と同じ動作を取る。こうして彼女に注意したのは、これで数度目だった。

「ちょいと注意力散漫なんじゃあねぇか」
「……さてね」

二階堂はすっと目を逸らして言う。その返答に、「散漫だったとしてお前には負けないけどな」という意味が込められていたように感じたのか、承太郎はこの態度が癪に触ってたまらなかった。普段、彼はうっとおしい女をハエよりも嫌う。普通女という生き物は、どうしたって喧しいうえに、何が嬉しくて付きまとわれねはばならないのか、まるで理解出来ないからだ。しかしこの二階堂要という人物は、少々この『普通』からはかけ離れていた。少し饒舌だったのは出会い頭のことだけで、今となっては必要最低限のことしか口を開かず、無表情で、微塵も感情を感じさせない、まるでマネキンか蝋人形のようだ。今だって、どうでもいいような当たり障りのない返事を一つ漏らすだけで、そこにはやはり、なんの感情も篭っていなかった。彼女の顔は何も語らない。何を考えているのかわからない。だから余計に、癪に障るのだろう。やかましいよりは少しはましかもしれないが、こうも自分を見下したような態度をとる輩は、ハエと同じくらいには嫌いな部類だ。チッと舌打ちして、承太郎は帽子を被り直す。彼女の影から頭だけ生やした狐頭のスタンドが、ちろりと承太郎を睨んだような気がした。
時計を見やれば時刻は20時ちょうどくらいで、離陸まであと30分くらいあるだろうか。
ジョセフに勧められたスナック菓子を断って、二階堂はジョセフと承太郎の後ろの席につく。珍しく隣は空席らしい、ユノーが窓際の座席を陣取って機嫌良さそうに鼻を鳴らした。その上機嫌そうなユノーとは対照的に、暗くなった滑走路を眺めながら、二階堂は酷く重い気分でいた。
あれから何度か説得を試みたけれど、花京院はどういうわけか、その意志を曲げようとはしなかった。十年前だって言いくるめるのが大変だったのに、いまとなってはまるでいうことを聞かない。高校生とはそんな年頃だったかと、自分のことなど高層ビルよりも高い棚にブン投げて、二階堂は重いため息をつく。まったく、ままならないことばかりだ。
自分はいかにして生き残って、あのシーンを、いったい、どうやって書き換えよう、と、そろそろ真面目に考えなければいけない。
飛行機が動き出す。体の内臓だけが地上においていかれるような、そんな浮遊感がした。何度乗っても、この感覚は好きじゃない。
暇つぶしにゲーム機でも、持ってきたらよかったかもしれない。これでしばらくゲーセンともお別れか。それがひどく残念だ、と思うのは不謹慎だろうか。
不安もなにもかも置き去りにすることにして、二階堂は目を閉じてしまうことにした。
エジプトにたどり着くまで、あと15時間はかかる。




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