純然たる誠実に告ぐ | ナノ

現状からいえば、彼女はとてつもなく絶対絶命の状況に瀕しているべきであった、というのが適切だったろう。六歳児が一回りも年上かと思われるチンピラ三人に絡まれて、今まさにカツアゲまがいのことをされようとしていた。抜け出すには体躯も力の差も歴然で、困難を極めるというのは一般的な見解である。しかしながら、二階堂はこの時、はじめから、彼らには全く興味関心を抱かなかったし、抱くつもりもなかったし、頭の中は夕飯は何にしようという考えでいっぱいだった。
二階堂に危機感というものが存在しないわけではない。けれど少し、取るに足らなかっただけの話である。

「オイ、訊いてんのかあ?」
「出すもん出せっつってんのォ」
「オジョーちゃん、さっきは散々コケにしてくれたもんなァ?」

まったく、こんな子ども相手に恥ずかしいとは思わないのか。二階堂は内心ため息をつきたくなった。お腹はすいているし、所持金はとるに足らないし。どうやらメタメタのギッタギタが恨みを買ったという話らしい。私はあまり、弱いものいじめはすきではないんだけれど。という持論、二階堂はいじめる側ともいじめられる側ともとられるところに立っていた。こんなときに限って狐はいない。まったくいやになる。

「私はほとんどお金を持っていないし、こんな狭い路地じゃお兄さんたちが不利だし、私みたいなのから物乞いするだけ無駄だから、よしといたほうがいいと思いますけど」
「ハア?」
「お兄さんたち、ゲームもへたくそだったもんね」

私の悪霊の方が、お兄さんたちよりきっと上手ですよ。きっと頭が悪いせいなんだ。喧嘩もヘタクソなんだろうね。
チンピラの煙草で細くなった血管が二階堂の安い売り言葉にぶち切れた、瞬間。二階堂は道端に転がる小石を見ていた。それが自分の手の中にあることをイメージする。それから利き手で狐の尾を捕まえて、その握りこぶしを真っすぐ目の前のチンピラAの顎へ向けて突きつける。
六歳児にあるまじき威力の正拳突きがチンピラAの顎にクリーンヒットした、その感覚が消えないうちに、二階堂の膝がみぞおちに入る。たちまち昏倒してしまったAを見て怖じ気づくBとCに懸ける情けなど、生憎持ち合せてはいなかった。二人の頭上をふわふわ漂う黒い影、二階堂は5mほど離れた大通りの居酒屋に掲げられた看板がそこにあることをイメージする。感情のないはずの狐の目が、笑っているような気がした。

「イメージするだけでいいんだ」

二人の頭に、看板が降ってくる。二階堂の手のひらから、石ころが転がり落ちた。
無駄が少なくて、二階堂の好む、圧倒的な喧嘩のやり方だった。
せっかくなので、すっかり伸びてしまっている彼らの財布から、少ない中身を頂戴することにした。今日はバスで帰れそうだ。
腕に絡んできた狐に、看板を元に戻すようにイメージする。大通りから自分を呼んでいるような気がして、二階堂はその反対側へと踵を返す。狐の直感は、あてにならない。



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