純然たる誠実に告ぐ | ナノ

それまで動かしていた手を止め、二階堂は視線を花京院に向けていた。やはりそうだったか、花京院の目はそう言っているような気がして、下手に隠しても無駄だろう、と、目をそらした二階堂は洗いざらい吐いてしまうことを決める。パチリと音を立てて、作業台の上に菜箸が落ち着いた。

「私は100年よりもずっと前に、吸血鬼になったディオ・ブランドーがジョナサン・ジョースターの体を乗っ取る前に作った子孫、の、末裔らしい。私がその最後の一人なんだそうだ。私以外の子孫はみんな、太陽の光に灼かれて死んだ。それが本当なのかは、定かではないけれど。でも、血には抗えないのか、年を経るごとに、 確かに、徐々に、私は『変色』してる。細胞が変化している。君だって、ずいぶん見違えただろう?……一度は止まったかと思ったこともあったけれど、DIOが復活してからはどういうわけか、その進行が早まって、抑える術は見つからない。結果、君の友達だった、かつての二階堂要よりも、ずっと人間離れしてしまったという訳だ。……夜になれば目は利くし、太陽の光をずっと見つめていることができない。身体能力は異常だ。文字通り、化け物じみてる。日光アレルギーがあるから、室外で薄着になることはしない。……ずいぶんと面倒な体質でね」

二階堂は白魚のような手を花京院の目の前で閉じたり開いたりしてみせた。普通の人間と大差ないように見えるが、爪は人間のそれよりもずいぶん硬く、砥げば鋭利な刃物になりかねない。肌は日光以外では、荒れることもない。下半身は日光に当たれば即座にまるで低温火傷のように爛れるから、セーラー服のプリーツスカートの下には財団特製の黒タイツが欠かせない。腕力だって、ホリィさんを抱えるくらいわけないし、その気になれば(いやいっそ、ならなくても)ジョセフだって存外簡単に持ち上がってしまうだろう。動体視力だって、まったく猛禽類かなにかのようだ。
二階堂は皮肉るように口角を歪めたが、やがて真顔に戻って、真っ直ぐに花京院を見つめて言った。

「私が君に関わることさえなけれなければ、君はあの化け物に出会う事なんてなかったかもしれない。いいや……あったとして、そこから、逃れられたのかもしれない」

その可能性を潰したのは、十年前に私が君に植え付けた恐怖の種が、君を雁字搦めに縛ってしまったからだ。だから、これは総じて、私が請け負うべき失態だ。二階堂は静かにそう言い放った。花京院の瞳が揺れる。しかしそれは、動揺の色ではない。

「かもしれない、かもしれない、って、ありもしない可能性を言って何になるんだ」

その静かな声には、僅かに憤りが含まれていた。その整った眉の間に、皺が寄る。

「要はそういうけれど、わたしがなにも考えていないとでも思っているのか…?いつまでも子供扱いしないでくれ!」

二階堂は静かにその目を吊り上げるが、花京院は止まらなかった。口を開きかけた二階堂の言葉を遮って、半ば声を荒げるようにして言う。

「君はいつだってそうだ、十年前から、全くなにも変わっちゃいない。十年前の『あの時』だって、勝手に自己完結させて、僕の目の前から消え去った」
「違う。あれは……」
「違わない!あの時……ほんとうに傷ついていたのは君の方なんだ!」
「馬鹿を言うな!被害妄想にも程がある…ッ!いいか花京院、君は自分の記憶をいいように美化し過ぎじゃあないか。あの十年前の出来事はただのきっかけだったに過ぎない……あの時私が怯えたのは私自身の本能に他ならない!私は自分の血に、決着をつけないといけない…それだけだ!」
「だったらその『きっかけ』をつくったのは僕だ……僕はそれに対して責任がある」

二階堂は怒りとも呆れともつかない息をついた。ふつふつと沸騰するかのような怒りだった。話はやめだ、とでも言わんばかりに調理を再会した二階堂は、苦い顔をしたまま油にひりょうずの種をぶち込んだ。

「ああいえばこういうって、そういう話じゃないだろう…!」
「要だって」

吹きこぼれそうになった鍋の火を止めて、花京院は肩を落とす。

「僕はただ、君に対して誠実でありたいだけだ」

背中越しに投げかけられたその台詞に、二階堂はぐっと言葉に詰まらせて、ますます顔を歪めた。とどめを刺されたような心地だった。目の前の菜葉をまな板ごと力任せに叩き切りたくなったのをなんとか抑えて、しかし"ずっぱり"と効果音が付きそうな加減で切り落とす。重くため息をついて、何か言ってやろうと振り返れば、花京院は既にその場を後にしていた。

「……」

何も言わずに、向き直る。
もういい、好きにしろ。二階堂は、意地でもそれだけは言ってやらないつもりだった。
ふろふき大根は煮上がって、あとはゆずをみじん切りにするだけだ。ガーリックライスも、とうにできている。
荒んだ気分で作った夕食を口に入れたって、美味い訳がない。二階堂はユノーでアヴドゥルか誰かを呼び寄せて、自分は部屋にこもってしまうことにしようと思った。

「機嫌が悪そうじゃの」

廊下ですれ違ったジョセフに言われた。

「今に始まったことじゃあない」

二階堂は重々しく答える。頭を二、三度ぼすぼすと強引に、半ば叩くように撫でられて、出立は明後日だと言われた。もう一歩も部屋から出たくないと思いながら、二階堂は肌触りのよい布団の上に倒れ込んだ。




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