純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ジョセフが旅の日取りや予定をまとめている間、彼らには数日間の猶予があった。エジプトまでは飛行機で行くことになるだろう、ともすれば、『その時』は近い。二階堂はなんとしても花京院をエジプトに連れて行くことを阻止しなければと考えていた。彼がいなくとも、旅に支障を出すつもりはない。そのために二階堂は今まで、何よりも貪欲に、ほとんど死ぬ気で努力してきたのだ。DIOやその手下のスタンド遣いたちと戦闘するにしたって、自分は決して弱くはないと自負できる。マジシャンズレッドのアヴドゥルに勝てるかはわからないが、ただ早いだけのスタープラチナ(と、あのあと名付けられたらしい)の承太郎には負けないだろうと思う。確かにユノーは戦闘向きの能力では無い。けれど使い方次第だ。肉弾戦に持ち込んで隙を突き、ひとたびでもユノーの手が相手の心臓に触れたなら、二階堂は相手の心臓を抜き取ることさえ可能になる。この能力さえあれば、二階堂はDIOにだって勝てるかもしれない。奴の能力はジョセフと同じ念写能力と、相手の動きを止める能力だった、ような気がする。もうあまり、覚えてはいないが。二階堂の手元の包丁が、迷いなく大根を真っ二つにした。
ホリィが床に伏した今、家事全般は暫定的に二階堂に任されていて、彼女は育ち盛りの高校生二人ととにかくよく食べる身長195センチの老人、それから成人男性アヴドゥルの胃袋を満たすだけの料理を作らなくてはならなかった。ホリィの意識が戻った時のために雑炊を炊く準備はいつでも整っているが、この四人分の献立を考えるのには骨が折れる。特にジョセフが献立には口うるさいのと、承太郎は味が合わないと全く箸をつけようともしない。この爺孫がとてつもなく二階堂を苛つかせた。二階堂には空条家の家政婦になったつもりは微塵もなかったからだ。
ジョセフと承太郎の好みはなかなか合致しないから腹が立つ。ホリィが作ったものなら何だって大好物だから問題はないだろうが、二階堂となれば話は別らしい。お前らは小姑か。中華で済ませた昨晩、二階堂の額に浮かぶ青筋が見えて花京院が顔を青くしたのは言うまでもない。だからと言って残されるのも腹が立つ。こうなったら意地だと思った二階堂の今日の献立はジョセフが食べたいとうるさかったアメリカ西部の料理、ジャンバラヤとシュリンプ・クレオール、チキンとソーセージのガンボ。そして全く趣向の異なった、おそらく承太郎の口にも合うだろう三種の京風おばんざいとイシガレイの薄造り、湯葉の吸い物である。

「二階堂、今、いいかい?」
「…いいと思うのか」
「……そうだな、ごめん」

ひりょうずのための豆腐の水を切っている傍ら、ごぼうや人参を丁寧なみじん切りにしていたと思ったら、今度はカレイをさばきの薄造りを始めた二階堂はどうみても厨房の板前だった。
花京院は何か手伝うことはないかと問えば、シュリンプ・クレオールの火加減を見ていてくれと小さくいわれた。適当に降っといてくれと黒胡椒を渡される。アメリカ料理は大味だからと鷹をくくっているのだろうか。まあ、和食ではまったく手伝えることもなさそうだが。

「昨日の油淋鶏も、美味しかった」
「……そう」
「こんな凝った料理も出来るんだね」
「まあ、一応」

受け答えはまるで、十年前のそれの、そのままだった。二階堂は花京院が旅についてくるのに反対だというだけで、それ以外には別段避ける理由もない。花京院かてそれは同じだ。花京院は少し昔が懐かしくなって、頬を緩めた。

「……花京院、君がもし、命を助けてくれた承太郎に恩義を感じているから旅に付いて行くといったのなら、それはとんだ間違いだ」

二階堂は透き通った魚の刺身を、そういった価値に疎い二階堂にも高価であることが一目で見て取れる、黒々しい焼き物の皿の上に慎重に並べながら、続ける。

「君には君を想ってくれる家族がいて、君には君の人生がある。命を賭けた旅なんだ、君は行くべきじゃない」

もとから、二階堂自身にも、頭ごなしでなく、キチンと諭すつもりはあったということだろう。花京院は鍋をかき混ぜながら答えた。

「いいや、わたしはもう決めている。なにより、きみだって行くんだろう?」
「あたりまえだ、私にはやらなければならないことがある」
「わたしだってそうだ。なによりあの吸血鬼に雪辱を晴らさねばならない」
「私がそれを請け負うから、君は今までの生活に戻れ」
「何を言っているんだ…」
「それが私の責任だからだ。なんたって、君をそんな目に遭わせた吸血鬼の血が、私には流れている」

思いがけない唐突なカミングアウトに、はっと二階堂を見やれば、二階堂は薄造りを終えていた。包丁を洗い流し、油の加減を見ている。声は至って平坦で、しかしその眉間には少し皺が寄っていた。




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