純然たる誠実に告ぐ | ナノ

二階堂は昨晩、花京院の口から聞いた言葉が未だに信じられないでいた。しかし彼は、十年前からほとんどまったく姿が変わっている二階堂を、一目でそれとわかっている。花京院はその種明かしをしてくれた。

「DIOに渡されたんだ」

彼はそう言って、一枚のポラロイド写真を二階堂の前に差し出した。そこに映っていたのは、まぎれも無い自分の姿で、ちょうど朝の瞑想を終えた頃だろうか。神妙な面持ちで、まっすぐ此方を見つめている。これはDIOが念写したものなのだとすると、まるでジョセフのスタンドのようだと二階堂は思った。そしてそれが、かつて自分が感じたことのある『見られた』ような違和感に繋がる。けれど二階堂は戸惑いを隠せなかった。彼女の朧げな記憶から考えると、DIOのスタンドは、念写ではないはずだ。いや、DIOのもとには数多のスタンド使いがいるだろうから、そのうちの一人かもしれない。そう思い直したところで、花京院が言う。

「まさか君なんじゃあないかとは、思いたくなかったが……まったく同姓同名だし、同じ紅い瞳だったんでね。どうしても君だっていう、気はしていた…」
「DIOは……私たちのことを知っていたのか」
「それは……」

言いよどんで、花京院は苦い顔をした。おそらく、図星だ。彼は気を遣って、二階堂には何も言うつもりがないとみた。二階堂はそんなのお見通しだ、といわんばかりに、じっと花京院の目を見つめていた。

「君はどうして……いや、」

なんでもない。花京院はすっと二階堂から目を逸らす。目を伏せ、ポラロイドを握りしめた二階堂は彼の前から立ち去ることにした。
(きっと彼は、私の血統を知らない)
薄々感づいているかもしれないけれど、それを二階堂に問うのは野暮というものだ。部屋に戻った二階堂は、窓から自分を照らす月を眺める。自分の人生の勝手な都合で、彼を巻き込むわけにはいかないという、誓いにも似たその思いに、拳を握りしめながら。

朝の瞑想を済ませた二階堂は、眩しい朝日に目を細めながら、これからのことを考える。
これから花京院は、承太郎と友情を深めて、それから始まる旅についていく、だなんて言い出す。きっとそういう顛末だ。承太郎なら、あの人嫌いの少年の数少ない、というか、未だに二階堂を除いて一人もいないだろう『友達』のカテゴリーに分類されうる存在だから。それに、承太郎には今のところ"相棒"らしき人物も見えない。少年漫画には必須の立ち位置だ。自分がなるのはまっぴら御免だし、二階堂はそういう"キャラ"じゃない。美男子の花京院ならセオリー通りの二枚目だから、きっと彼がその位置に収まるのだろう。
ならば二階堂が取りうる選択肢は、花京院がその旅に同行するのを阻止するか、あらかじめその元凶であるDIOを叩くか。そのどちらかである。シンプルな二択だ。前者は、出立がいつになるか分からない以上、動きようがない。しかし、まだ決定的ではないが、花京院の話からすると、DIOがエジプトにいる可能性がある。ジョジョの旅が始まるよりも一足先に、あの吸血鬼の足跡をたどることもありだ。一人で地球の裏側まで行くその口実に迷う、という問題が生じるけれど。それに、ラスボス級の相手に一人で立ち向かって生きていられるとは思い難い。しかしそうすれば、ハイプリエステスのスタンド遣いとのエンカウントは、ほぼ確実となるだろう。どうするのが上策だろう。見切りをつけたところで、ユノーが二階堂の肩を叩く。
朝食の時間は過ぎていた、むしろそろそろ登校すべき時間だった。
しまった、と思いつつ、二階堂は特に焦る様子も見せない。遅刻がなんだ。むしろ今日だってサボりたいくらいだ。のんびり支度を済ませて、キッチンに向かった。
異様に静まり返ったその場所に、二階堂は眉を顰める。そこで二階堂が見たのは、食器や調理器具が散乱した光景と、倒れたホリィの姿だった。

「ホリィさん!」

二階堂は叫ぶと、急いで彼女を抱き起こす。ひどい熱にうなされ、意識はない様子だった。ユノーを遣わして、人を呼びに行かせる。ちょうど近くを通りがかったのだろう、アヴドゥルが一番に現れた。

「どうした!!」
「ホリィさんが、ひどい熱で…意識もない」
「要…その手元にあるものは…ッ!?」

そこで言われて、二階堂は初めて気付く。洋服の襟足をはだけさせると、ホリィの首もとから、何かシダのような植物の蔓が蔦っているのが見えた。二階堂はそれに触れようとしたが、それは透けて、通り抜ける。この感触を、二人は知っていた。

「これは…ホリィさんのスタンド!?」

「ホリィさんにも、スタンドが発現している!」二階堂は驚きの声を上げて、アヴドゥルに助けを求めるようにして視線を向けた。しかし彼も焦っているようで、顔色からは困惑を隠せない様子だけが見て取れた。
二階堂は迂闊だった、と臍を噬む思いだった。ホリィさんには、スタンドが見えていた。一般人には見えないそれを、目視していたのだ。彼女にスタンドが発現する可能性が、『ないほうがおかしい』。

「しかし……スタンドとは本人の精神力の強さで操るもの…闘いへの本能で行動させるもの!」
「おっとりした…平和的な性格のホリィさんには、その耐性がなかった、ということか」

アヴドゥルの言葉に、冷静を取り戻した声でそう呟いた二階堂の額を、じっとりとした汗が伝う。だから、『スタンド』がマイナスに働いて、"害"になってしまっているという訳だ。アヴドゥルは静かに頷いた。

「非常にまずい…こ…このままでは……!」

アヴドゥルがその続きを口にしようとした、その瞬間。

「『死ぬ!』『取り殺されてしまう!』」
「はっ!」

背後から聞こえたその声に、二人は息を呑んで振り返った。
そこには、空条承太郎とジョセフ・ジョースターが、張りつめたような空気を纏って立っていた。




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