部屋の襖が叩かれて、二階堂はそれまで部屋に流していたレコードをゆっくりとした動作で止める。若干背筋を凍らせながら襖を開くが、そこに立っていたのがジョセフであったことに、ポーカーフェースの裏側では内心ホッとしていた。 大柄な彼を招き入れると、だだっ広い部屋が妙にしっくりと収まったように感じた。この屋敷はもともと、きっと彼のように図体の大きい人間向けなのだろうと、二階堂はなんとなく納得しつつ、レコードにカバーをかける。 「なんじゃ、ずいぶん良い部屋になっとるようじゃないか」 「……まあ、一応」 「一日中引きこもっておるから、ホリィが心配しておったぞ。もうすぐ陽も暮れる」 「そうだな」 「学校もサボりおって…」 「アンタの孫だって、同じことだろう」 ジョセフは畳の上にどっかりと腰を下ろすと、二階堂に曲のリクエストをした。二階堂も気に入っている曲だったから、特に断る理由もない。素直にジャケットを探す。 「ひとつ……聞きたいことがあっての」 レコードを棚からちょうど一枚引き出した二階堂に、ジョセフはおもむろに口を開いた。二階堂は無言だった。それを肯定と捉えたのだろう、ジョセフは言葉を続ける。 「今日のあの少年……花京院のことじゃ」 「一つだけだ」 二階堂は自分の過去をあまり語りたがらないというのを、ジョセフは重々に承知している。自分の過去を語らない代わりに、ジョセフに何かを訊ねたこともなかったし、それはジョセフも然りだった。二人の間の、暗黙の了解だ。だからか、彼は慎重に頷いて、言葉を選ぶ。 「お前の言っていた、かつての少年は、彼奴か」 何故あんなに取り乱していたんだ、という野暮な質問ではなかった。もっとも核心に近く、二階堂が答えやすく、しかし躊躇う質問だった。何故と訊かれた方がよっぽどよかった、と、二階堂は内心舌打ちを打つ。そうであれば、どうにでも言い訳はついたというのに。 「……」 そして二階堂は答えることが出来ないでいた。しかしこの二択は不可避だ。だからといって素直に答えるには、彼が花京院をどう思っているのかがわからなかったから、リスクが高い。 自分が答えることによって、花京院のこれからを左右するのかと思うと、二階堂は頷くというひとつの動作さえ、決断しかねた。ごくり、と生唾を飲み込んで、冷や汗が背中を伝う。けれどジョセフはじっと二階堂を見つめていた。彼は催促しない。それがどうしてかは、二階堂は自惚れでなく、よく知っていた。 「……そうだ、と、言って、どうする」 二階堂は言葉の一粒一粒を、呻くようにして答える。 「そうか」 ジョセフは小さく、そう返事をしただけだった。二階堂は少し拍子抜けしたような気分になって、そしてジョセフを訝しむような目で見つめた。彼女の手にはまだ箱から出されないままのレコードが鎮座していた。それから急に空しくなって、どうしようもなく重い息をつく。 「自分の過去を疎んだって、自分の運命を恨んだって、無駄だってことは分かってるんだ」 ぽつりと落とすように、何かに諦めたような小さな声で二階堂は言った。ジョセフは目を細める。 「なに、こういう出会いは、よくあるもんじゃ。ただ世間が狭いのか、運命に縛られているというべきなのか、わしはわからなくなることがしばしばあるが……そんなに悪いことばかりでも、なかったぞ」 彼は立ち上がると、二階堂が手に持っていたジャケットからレコードを取り出して、少々古ぼけたプレーヤーの上に乗せた。緩いブルースが流れる。そして、立ち竦んでいた二階堂の頭を静かに撫でた。その右手首を掴んで、二階堂は苦々しいといった顔でジョセフを見上げた。 「……なんのつもりだ」 「さてね」 ジョセフは肩を竦めた。 「あの少年はまだ、下で寝かされておる。気が向いたら、会いに行ってやりなさい」 「……容体は」 「悪くないぞ。後遺症も見られない。まだ肉の芽を埋め込まれて日が浅かったのが幸いしたようじゃ……承太郎も我が孫ながら、よくやりおるわい」 ジョセフが半ば呆れたように言ったのを鼻で笑った二階堂だったが、内心安堵のため息を尽きたいという気でいっぱいだった。 「承太郎にはわしから説明しておこう」 「何をだ」 「さっき聞いたんじゃが……承太郎曰く、あの少年はお前を探していたという」 「……は?」 二階堂の口から、思わず気の抜けたような声が出る。だから承太郎が、二階堂の存在を訝しんでいるらしいとジョセフは言ったが、そんなことは二の次で。二階堂は『花京院が自分を覚えていたこと』に驚くよりもまず、『探していたとはどういうことか』と顔を顰めた。ジョセフは神妙な面持ちで付け足す。 「それも、肉の芽が埋め込まれていた状態で、だ。じゃから、お前にも面識があったのか、と聞きにきた」 「……」 「これで明らかになったのは、お前もDIOに狙われる身であるということじゃ、くれぐれも用心しなさい」 そう言い残して、ジョセフは部屋を後にした。一人部屋に残された二階堂は閉じられた襖をもう一度開けようか迷って、手が宙をたどたどしく彷徨う。ユノーがゆるりと影から姿を現した。 ← ▼ → ×
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