「君が気にかけていた、『ハイプリエステス』のことで、わかったことがある」 アヴドゥルのその言葉に、二階堂はピクリと眉を動かした。二階堂がずっと知りたかった情報だ。二階堂はアヴドゥルの前に静かに腰を下ろす。セーラー服だと、正座するしかないのが嫌だな、となんとなく思った。 「『ハイプリエステス』という暗示を持つスタンドは、やはり他に存在するようだ。本体の名前はミドラー、能力は鉄やプラスチックなどの鉱物に『化ける』能力だという」 「『化ける』…?」 二階堂は眉間に皺を寄せる。 「化けるだなんて、まるで狐かなにかの能力みたいじゃないか」 「ああ、私もそれを聞いて、全くおかしいと思ったよ。しかし『ハイプリエステス』の暗示は"英知"、"神秘"、"秘密"、そして"変化"だ。どちらが相応しいだとか、判別をつけるもんじゃあないが、君の説には、その可能性がある」 君の『ユノー』は、ひょっとしたら、『ユノー』に置き換えられているのかもしれない。アヴドゥルは薄く笑った。二階堂は自分に腕を絡ませてくるユノーの頭を撫でながら言った。 「『ハイプリエステス』が"他にいる"なら……」 やることは一つだ。その目つきが幾分か鋭くなる。二階堂はじっとアヴドゥルを見据えながら続けた。 「そいつと私の立ち位置を『交換』しなくちゃいけない。奇しくもユノーの能力は『交換』することだから、きっとそれは可能な筈だ」 逆位置を正位置に、戻さないといけない。そうでもしない限り、自分が生き残ることは難しいだろう。いわばその地位は生存権のようなものだと、二階堂は考えていた。自分が『原作』でどんな死に方をするかはわからないし、そもそも自分がどういうキャラだったのかも知らないが、おそらく、自分はこの物語において最初から『誠実』な存在とはなりえない。二階堂はこの物語の顛末を、たった一部とはいえ、憶えている。ということは、すなわち、未来を変えてしまうことができる"かもしれない"存在だということだ。そんな"登場人物"が、そもそも"正位置"の立場など、もらえるわけがないのだろう。だから二階堂は、何よりも自分自身のために、『誠実』を取り戻すために、『ハイプリエステス』の立ち位置を奪わなくてはならないという仮説。二階堂は静かに言った。 「私は、その女を探す旅に出ようと思う」 「その必要はないぞ、要」 背後から声が聞こえたと思って振り返れば、それはジョセフだった。二階堂は自分の言ったことがつぶさに否定されたせいか、不機嫌そうに眉を寄せる。ジョセフは姿がすっかり変わったユノーに気づいて、大げさに驚いてみせた。 「おお、ユノーか。さっきはお前とわからんかったわい。ずいぶん立派になったもんじゃの〜」 「話を逸らすな。……それともジジイ、アンタは既にそのミドラーとやらの居場所を知っているのか?」 「いいや、知らん」 「なんだよ……無責任だな」 「だが、探さなかったというわけではない」 アヴドゥルが言った。そういうことじゃ、とジョセフも頷く。二階堂は、二人が既に『二階堂がこう考えるだろう』と予測してきたことと、それに自分が見事に当てはまってしまっていたことに気づき、少し腹立たしく思った。 「足跡が全く掴めなかったんだ。DIOのもとについている可能性が否めない」 「……だったら尚更だ、私は旅に出る。日本にはアンタらがいるなら、私がここに居る必要もない」 「学校は」 「もとからあってないようなもんだろ、そんなん」 「まったく……」 ジョセフが苦々しくため息をついて、頭を掻いた。頑固者と思うなら思えばいい、二階堂はじっと黙っていた。 「……お前さん一人の力で、どうにかなるとは思えん。わしも行こう」 「ジョースターさん!」 「いいんだ、アヴドゥル。いずれにせよ、DIOの居場所がわからん今、我々は動くことができん。そうじゃろう?要よ」 「……」 「お前がガムシャラに世界中を駆けずり回るタイプとは思えん。無駄を嫌うタイプじゃからの」 二階堂はとうとう閉口する。図星だった。 「わしのハーミット・パープルがあった方が、DIOの姿を確認することは出来る。奴はいつも暗闇にいるから、今でこそどこにおるのかは分からんが、いつか絶対にその居場所を突き止めてみせよう」 「黙って指咥えてみてろっていうのか」 「それ以外にお前に何が出来る」 二階堂は小さく舌を打つと、立ち上がって部屋を出て行こうと障子を開く。しかしそれは叶わなかった。 そこには、学校へ行った筈の承太郎が、頭から血を流した血まみれの青年を担いで立っていた。 ← ▼ → ×
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