純然たる誠実に告ぐ | ナノ

結局、その翌日も二階堂が学校に登校することはなかった。ジョセフ達と話さねばならないことがあるから、という建前を用意していたが、ああも自分と同じくらいの歳の人間が無造作に寄せ集められた場所はどうにも気に障るうえに、なにより一昨日のように一日中騒がれ追いかけ回されるのが嫌だった、というのが本音だ。

「あら…要ちゃん、学校は?」
「どうしてもジョジョと話さなくてはならないことがあったので、遅刻していくことにしています」

朝の瞑想を終えた後、廊下ですれ違ったホリィに愛想笑いをひとつ、まっすぐにアヴドゥルとジョセフの元へ向かう。彼らにはまだ、ユノーの新しい姿を見せてはいなかった。途中、玄関先で承太郎が登校していくのが遠目に見えた。ついと確認した時計が指していた時間も遅い訳ではない。ああ見えて根は真面目な性格なのかもしれないと二階堂は思った。そして、留置所で彼が釈放を堅く拒んだのは、自分のスタンドで他人を傷つけたくないためだと言っていたのを思い出した。アヴドゥルが彼のスタンドを止めるだけの力量があると判断したということなのだろうか。それにしたって律儀に遅刻もせず学校に向かうとは、平気でサボろうとしている自分とはきっと本質的に真逆な性格なのかもしれないと思いながら、あくびをひとつかみ殺した。庭園の池で、ぼちゃりと鯉が跳ねる。
襖の奥で、時差のせいか寝こけていたジョセフを揺さぶった。

「おい、朝だ。起きろ」
「なんじゃ……要か、おはよう」
「アヴドゥルさんは」
「さて…どこに行ったかな」

二階堂は小さく眉をひそめて、朝食はホリィがキッチンに用意してあるとだけ言い残して、部屋を後にした。ジョセフは二階堂の後ろに不自然に浮かんだ、15センチくらいの薄く赤い宝石のようなものに首を傾げたが、それが何かは訊ね損ねた。やがて枕元にあったはずの、キチンと畳まれていた自分の洋服がまったく見当たらないことにshit…と小さくつぶやいて、おそらくは彼女の狐の悪戯だろうと目星をつけつつ、天井から下げられた照明器具の上に乗っかったそれらを自らのスタンド、ハーミット・パープルで取り寄せる。こういう時に茨の蔓は便利だと思った。
二階堂は広すぎる屋敷の茶室でアヴドゥルが本を読んでいるのを見つける。彼は二階堂に気づいて、フッと口角を上げて笑った。

「おはよう、よく眠れたか?」
「ユノーの姿が変わった」

二階堂は間髪入れずに言った。今まで姿を消していたユノーが、じわじわとアヴドゥルの前に現れる。彼の知っている、ぼろぞうきんのようなごわごわした黒い塊からは似ても似つかない、六本の立派な尾を持つ白い狐に、アヴドゥルは少し驚いたような顔をした。

「ちょうど、アンタとジョセフが来る前日に、突然姿が変わったんだ」
「スタンドには……姿を大きく変えて成長するものがあると、聞いたことがある。能力は変わったのか?」
「そんなに大差はないけれど…おそらく、触れたものを、『交換する』能力、だと思う」

ユノーがそっとアヴドゥルの手に触れる。五本の指はかつての骸骨のようなそれではなくて、しっかりと肉のついた、まるで人間のものに近い感触だった。二階堂がちらりとユノーを見やる。次の瞬間。アヴドゥルと二階堂の位置が入れ替わっていた。

「まるで瞬間移動だな」
「ユノーの手が触れることが条件みたいだ。それでもって、一度触れた物は一度だけ、入れ替えることができる。もう一度入れ替えるには、もう一度触れなくてはいけないらしい。ストックは六つ…きっと尾の数だ、ユノーが触れたものは常に『更新』される。けれど、そのストックに入っていれば、一度触れた物は、私がイメージするだけで、簡単に入れ替えられる」
「ふむ」

アヴドゥルは少し考えるようなポーズを取った。二階堂は黙って、彼の反応を待つ。二階堂の知っているかぎり、スタンドの能力に関して、一番詳しいのはこの男だった。

「全く攻撃的なスタンドでないことが、少し意外だな」
「それは……どういう意味だ」
「スタンドとは普通、本体の戦闘本能によって成長していくことが多いからな…本人の気性を反映することが多いんだ」
「もう一度訊く。それはどういう意味だ」
「そのままの意味さ。そしてそいつの名前は?」

二階堂は眉間に皺を寄せたまま、苦々しい顔のまま言った。

「『女神の白狐(ベルヴォルペ・ユノー)』」
「少しはましになったじゃないか」

フッとアヴドゥルは鼻で笑ってみせる。二階堂は決して嬉しそうではなかったが、ユノーはその六本の尾をバラバラに振ってみせる。嬉しいのかもしれない。




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