純然たる誠実に告ぐ | ナノ

「パパ、ここよ!パパ!」
「ホリィ!」

日本人を突き飛ばして、愛する娘を抱きしめる。『日本嫌い』が通常運転のジョセフに、二階堂は小さくため息をついた。ジョセフの荷物を先に受け取って、恥ずかしいほどに熱烈な親娘のやりとりから目を逸らす。逸らした先にあった見覚えのある顔に、二階堂は僅かばかり目を見張った。二階堂に気づいたのか、彼は片手を上げる。

「やあ要、久しいな」
「……アヴドゥルさん」

待ち合い席に腰掛けたまま口元に笑みを浮かべる彼に、二階堂はどこか気まずいような顔でその名前を口にした。そういえば二階堂は、あの日に忘れた本を取り返せずにいる。そんな二階堂の心境を知ってか知らでか、アヴドゥルは少し目を細めて言った。

「あれから身長ものびて…すっかり大人らしくなったな」
「……三年もあれば」
「君の狐の姿が見えないが…」
「今はホリィさんがいるから、隠してる」
「ふむ、ある程度は制御できるようになったようだな」
「まあ、多分、多少」

それから。と、二階堂は言葉を続けた。

「少し、アンタに聞きたいことがある。その……私の、スタンドのことで」
「ちょうどいい、私も君に話さなければならないことがあったんだ」

空港の出入り口で、ジョセフが二人を振り返って、急かすようにハンドサインを出した。二階堂は黙って頷いて、それに従う。アヴドゥルもそれに続いた。

一晩置いて訪れた留置所で、彼は片膝を抱えるようにして座っていた。ジョセフは二階堂に目配せをする。二階堂はうなずいて、ホリィの隣に立った。間違ってもホリィを傷つけるわけにはいかない、という、ジョセフの配慮だった。

「お…恐ろしい…また、いつの間にか、も、物がふえている…」

留置所の責任者は震えていた。よっぽど承太郎に何か言われたのだろう、二階堂はよそ見をしながら小さくため息をつく。こんなことが外部に知られたら、と、彼は保身に必死な様子だったのが、気にくわなかったのかもしれない。

「大丈夫…孫はわしがつれて帰る」

ジョセフの言葉に、檻の中の承太郎が小さく反応したのがわかった。看守の(大柄なジョセフに比べれば)小さな体をつまみ上げ、ジョセフは牢の中に脚を進めた。承太郎の瞳が一瞬二階堂を見据えたが、二階堂はいつもの無表情のままだった。

「出ろ!わしと帰るぞ」
「消えな」

鉄格子の檻を開いて向かい合ったジョセフに承太郎は即答した。二階堂は予想通りの展開に肩をすくめる。ホリィは不安そうな顔をして、ぎゅっと手を握りしめていた。

「お呼びじゃあないぜ…俺の力になるだと?何が出来るっていうんだ…ニューヨークから来てくれて悪いが、おじいちゃんは俺の力になれない」

承太郎がジョセフの義手の小指を投げ捨てる。ジョセフは目を見張ったが、しかしジョセフは引き下がらなかった。

「アヴドゥル、君の出番だ…」

二階堂の後ろからアヴドゥルが脚を踏み入れる。ジョセフはアヴドゥルに、承太郎を牢屋から追い出せ、と静かに命じた。承太郎は眉をひそめて腰を下ろし、二人を睨みつける。

「やめろ。力は強そうだが……追い出せと目の前で言われて、素直にそんなブ男に追い出されてやる俺だと思うのか?嫌な事だな……逆にもっと意地を張って何が何でも出たくなくなったぜ」
「ジョースターさん。少々手荒くなりますが……きっと自分の方から『外に出してくれ』と喚き懇願するくらいに、苦しみますが」
「構わんよ」

ジョセフは静かに親指を立てた。ホリィや看守達が非難の声を上げたが、ジョセフの黙ってろ、という声に一蹴される。ジョセフが二階堂に目配せして、二階堂は小さく頷いた。

「ホリィさん、ここは危険です。少し離れましょう」
「で、でも…」
「ジョジョとアヴドゥルさんが入れば、息子さんは大丈夫です」

二階堂はホリィの手を引いて、重い扉の外へと誘導した。炎が渦巻くのを一瞥して、ホリィにそれが決して降り掛からないようにと細心の注意を払って扉を閉める。ホリィはほとんど初めて見る超常現象に目を見張っていた。

「要ちゃん!あの炎はッ」
「今開けるのは危険です!……彼らがカタを付けている間に、ホリィさんには、私から説明しておくべきでしょう」

二階堂はホリィ扉の間に立ちはだかり、彼女の焦ったような視線を見つめて静かに言った。二階堂の影からずるりと身を引き出した狐に、ホリィはひっと息を呑む。ユノーが彼女の前に姿を現したのは、奇しくもこれが初めてであったらしい。

「これはアヴドゥルさんや私が持つ、生命エネルギーを可視化させたパワーあるビジョン……『スタンド』と言います」

ユノーはその尾を二階堂に巻き付けて、耳まで裂けた口をがぱりと開いた。

「アヴドゥルさんには炎のマジシャンズレッド、私には狐のベルヴォルペ・ユノー。それぞれ能力が違いますが、本質は同じ生命エネルギーそのもの……私は昨日、このユノーの能力を使ってここの忍び込み、承太郎くんのそれをじかに見てきました。息子さんに取り憑いているものは『悪霊』なんかじゃあない!彼自身のスタンドに、他ならないッ!」

そう言い放った二階堂の背後で、ユノーが重い扉を開いた。二階堂はそれが予想外だったのか、小さく眉をひそめて振り返る。中から熱い空気が吹き出して、二階堂とホリィの頬を撫でた。

「承太郎ッ!!」

ホリィが叫んで中へと駆け込んでいく、しかし事は済んでいたようで、幸い危険はなさそうだった。所々焼け焦げた牢の外に承太郎の姿が伺える。それを確認して、二階堂は小さく安堵の息をついた。

「してやられたってわけか…」
「いいや、おれはマジに病院送りにするつもりだった……予想外のパワーだった」

檻を折って作ったのだろう、鉄の槍がカラカラと音を起てて床に落ちる。承太郎がフンと鼻を鳴らした。その胸板にホリィが飛びつく。

「わー!承太郎、ここを出るのね」
「うっとおしいぞこのアマッ」
「おい!きさまッ!自分の母親に対してアマとはなんじゃアマとはッ!その口の利き方はッ!なんじゃ!ホリィもいわれてニコニコしてるんじゃあないッ!」
「はあーい!」

喧しさ三割増の親娘から目を逸らして、二階堂は腰を下ろしたままだったアヴドゥルに手を差し伸べた。

「アンタが無事でよかった」
「あれくらい、わけないさ」

アヴドゥルは小さく肩を竦めてみせた。

「……おじいちゃん、ひとつだ」

うっとおしそうに顔を顰めていた承太郎が、口を開いた。

「ひとつだけ今……わからないことを聞く。なぜおじいちゃんはおれの『悪霊』いや…そのスタンドとやらを知っていたのか?……そこがわからねえ」

ジョセフは小さく頷いた。

「いいだろう…それを説明するためにニューヨークから来たのだ…。だが説明するにはひとつひとつ順序を追わなくてはならない。これはジョースター家と、そしてそこにいるわしの義娘、要に関係ある話でな……」

こちらに顔を向けた承太郎の瞳が二階堂の視線と交わる。どうやら彼は二階堂がほんとうにジョセフの養子であるとは思っていなかったらしい。二階堂はいつも通りの無表情だったが、小さく鼻を鳴らして目を逸らした。燃えるような意志を持った目を向けられると、まったくどうしたらいいかわからなくなる。
その場に立ちこめていた熱気は、秋の静やかな空気によって直ちに冷却されていった。




×