純然たる誠実に告ぐ | ナノ

二階堂は上の空で授業を聞きながら、昨日あった出来事について思い返していた。彼女の故郷に帰ってユノーの姿が大きく変わったこともなかなかに衝撃だったが、それだけではなかった。
空条家に帰った二階堂を待っていたのは、慌てふためいた様子のホリィで、彼女のその様子と口から飛び出したその言葉に、二階堂は自分の狐のことなど吹っ飛んだ。

「ああ、要ちゃん!どうしよう!承太郎が…ッ!」

二階堂はひとまず今にも卒倒してしまいそうにふらついていた彼女を宥め、そしてその日彼女に起こったことを聞いた。なんと、昨日帰らなかった彼女の愛する息子は留置所に入れられていたというではないか。二階堂はジョセフの孫がそんな場所に入れられるだなんて一体どういうわけなんだと無表情ながらに疑問に思った。なんでも絡んできた武器持ちの不良を返り討ちにしたらしい。彼は四人の大人に対して一人で、しかも相手はみんな重症で、男の急所すら潰されてしまったのだという。その容赦ない様はまったくどこかで聞いたことのある話だと二階堂は遠い目をしかけたが、ホリィが「承太郎には『何か』が取り憑いてる」というからには現実に引き戻された。看守には見えていないようだったが、彼女はたしかに何者かの手が、息子が自分で自分を撃ち抜こうとした銃から放たれた弾丸を捉えたのを見たのだという。自分の頭を銃で(しかも看守の銃を奪った上で)打ち抜くだなんてなかなかクレイジーな息子だと思ったが、話を聞く限り、二階堂にはそれがどう考えてもスタンドであるとしか思えなかった。

「ジョジョに連絡を入れて、来てもらいましょう。それが一番です」

冷静にそう言って、二階堂は国際電話を繋いだのだった。ホリィが一通りことをジョセフに説明する傍らで二階堂は写真立てに飾られた青年を見つめていた。二階堂は静かに思考を巡らせる。彼のスタンドが発現したとすれば、しかも、それをホリィが『見た』というのであれば、ジョセフが最も恐れている事態が起こることも十分考えられる。ホリィから手渡された受話器の向こうで、ジョセフは案の定焦っているような気がした。

「話を聞いた限り、"空条承太郎"は釈放を拒んでいるらしいけれど」
『…奴を牢屋から出すことは?』
「出来ると思う」
『要、お前の能力で承太郎を留置所から出してしまって欲しいところじゃが……。我が孫の、その悪霊……おそらくスタンドじゃが、一体どんなものなのかが掴めん以上、お前を危険に晒すわけにもいかん』
「まあ、明日あたり、行ってみるよ」
『無理はするな。ひとまず、わしが日本に着く二日後まで、ホリィを頼んだぞ。きっと息子が留置所におることを知って、更に得体の知れんものを見せられては、気が滅入ってしまうじゃろうからの』
「わかった」

そんな会話をしたのが、つい12時間ほど前のことである。今頃大急ぎで手続きを済ませているであろう養父を思って、二階堂はひとつ息をついた。時計を見やれば、もうすぐ終業の鐘が鳴る時間だった。二階堂は無表情ながらにうんざりだと思った。今朝、転入生として紹介されてからというもの、毎授業ごとの休み時間となると同時に、まるで菓子に群がる蟻のような人だかりにいちいちげんなりしなくてはならなかったためである。二階堂はいい加減不機嫌を通り越して軽くぶち切れそうになっていた。
それは就業後も例外でなく、放課後だからだろう、二階堂は今度は部活の勧誘に囲まれて、そろそら堪忍袋が破裂寸前だと思ったその時、ユノーが少し離れた場所からこちらを眺めていたのに気づいた。ユノーが見知らぬ女子生徒に触れる。いたずらはよしてくれ、と眉をひそめたその時。

「えっ」

二階堂は驚かずにはいられなかった。なにせ自分の目の前には狐がいて、今の今まで自分がいた場所を振り返ると女子生徒が目を白黒させて、人波に揉まれていたのである。これは好都合だと二階堂は脱兎のごとくその場を離れる。ユノーの能力が変わったことも気になるが、このあとの事を考えると後回しだった。
二階堂はこれから、例の空条承太郎を訪ねてみるつもりでいる。留置所は一体どこだったかと思って、校舎を早々にあとにした。

一旦空条家に戻ってほとんど空の鞄を放り投げ、いつもの黒いロングコートを羽織る。セーラー服のままであるのが若干気に障るが、せっかく日本にいることだし、ガクセーはガクセーらしくというのもなかなか悪くないかもしれないなと思った。洗濯物を取り込んでいたホリィにそれとなく住所を聞いて帰りが遅くなるかもしれないことを告げ、暮れかけた冬の日暮れたの街に出る。面会の時間はすぎる事は確定だが、ユノーがいればなんとでもなるだろう。
ジョセフが来日する前に、彼の孫のスタンドがどんなものかを知る事ができれば儲け物だと思いながら、二階堂はしばらくの間電車に揺られていた。




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