純然たる誠実に告ぐ | ナノ

純和風の日本家屋に無表情なまま唖然としながら、二階堂は池と立派な木製の橋まである日本庭園を抜けて、ようやっと玄関にたどり着く。

「私ったら、長いこと待たせちゃったかしら?」
「いえ、ちょうど今来たばかりでした」
「そう、それはよかったわ!最近寒いから、風邪でも引いちゃったら大変だもの!」

十分すぎるくらいには広い部屋に通されて、今日からはここを使って頂戴ね!と笑顔で言われた時にはどうしようかと思った二階堂だったが、部屋には既にニューヨークから一通り、十分すぎるくらいの私物が届いていて、オマケに全て配置されていた。SPW財団の仕事の質には感嘆せざるをえないな、と、愛用の目覚まし時計を手にとって思う。

「気に入った?」
「十分すぎるくらいです」

二階堂は肩をすくめて苦笑いの顔を作る。ホリィはそれに満足そうに頷くと、それじゃあキッチンにいるわね、という言葉を残してパタパタと小走りに走っていった。二階堂はジョセフが去年のクリスマスプレゼントに送ってよこしたビートルズのレコードを棚から一枚選んで、少々古ぼけたレコードプレーヤーにその黒い円盤を乗せる。流れるような所作だった。まるで迷う必要がない、あったとおりにあるまま、部屋の主が着く前にすっかりプライベートスペースと化していたその部屋で、二階堂はまったくそれがしっくりくることに、逆に違和感を感じていた。
ジャケットを棚に戻しながら、ジョセフはよく好んでこの曲を聴いていたな、とぼんやり思った。
移動中にも聴けるようにと思って日本製のポータブルプレイヤーを贈ったことを思い出して、そういえばそれ以来、日本の悪口をいう数が減ったような気がすると思いながら、黒いロングコートを脱ぐ。コート掛けにハンガーでかけられていた真新しいセーラー服に顔をしかめながら、明日から義務付けられた新しい"通学"という習慣をとんでもなく煩わしく感じた。
少しパサついたような雑音が混ざりながら、アップテンポのギターがリズムを刻む。心地よい耳触りだ。だから二階堂は、ジョセフが気まぐれで買ったこの古ぼけたレコードプレーヤーを棄てられないでいる。二階堂は自分もずいぶんと、物持ちがよくなったものだと感心していた。かつて段ボール一つで旅人のようにたらい回しにされていた自分を思って、目を閉じる。二階堂にも、帰る場所があることを、十年前の自分が知ったら、どう思うだろう。
畳の床に膝を折って座ってみる。い草の匂いが懐かしい。窓から見える庭は夕陽に照らされて、その紅い陽射しがひどく眩しいと感じた。ゲームをする気にもなれないまま、二階堂はただぼうっと日の入りを眺めていた。彼女は明日、生まれ故郷というには余りにも苦々しい場所を訪れてみることにしていた。が、今になってその選択を考え直そうかという自分がいる。同じ二階堂の姓を持つあの人々は、まだあの土地に住んでいるのだろうか。母の容体は、すこしはよくなっただろうか。父は、母をまだ護っているのだろうか。自分がいなくなっただけ、少しは幸せに暮らしているのだろうか。
二階堂はあの哀れな夫妻を、今では驚くほど何とも思っていない。ついふとした瞬間に思い出してしまう、なんてこともない。記憶の片隅から引きずり出そうとしなければ忘れてしまうことだろう。十年という年月がそうさせたのだろうか、と思って、いいや違うと思い直す。二階堂は自分を引き取ってくれたジョセフ・ジョースターという人間に与えられた生に満たされていた。彼は死んだような二階堂の人生をいとも簡単に生き返した。
だから、彼らの不誠実を怨むことも諦めることもせずに、ただ、振り返ることが出来るのだろう、と、結論づけて。
右手が、ピアスに触れる。
彼はあの土地にまだ居るのだろうか。
じくりと妙な疼きを持った心臓に、二階堂は小さくため息をつく。こんなに未練だらしい感情は、自分でもどうかと思う。
あの時の私たちは幼かった。ただスタンドのことも何も知らず、似たような能力に惹かれあったから出会っただけの、純な子どもと捻くれて歪んだ子どもだった。
(今さら、なんだっていうんだ)
会ったら、何を話す。どう謝って、どう償うつもりだというんだ。自分が植え付けた恐怖の種が、彼をどうしてしまったのかと考えると、ずしりと心臓が重くなった気がした。
陽はとっぷりと暮れてしまった。二階堂が考えるのをやめて階段を降りると、ホリィがにっこりと笑って夕食の支度ができたと迎えてくれた。

「学校にはもう、挨拶に行ったの?」
「先に済ませてきました。明日は少し用事があるので、明後日から登校することになっています」

何気ない会話をしながら、箸を進める。彼女の料理は温かい味がした。彼女の息子はまだ帰って来ていなかった。

「いつもはこんなこと、あんまりないんだけどね」
「何かあったんでしょうか」

ホリィは困ったように笑ってみせるだけだった。二階堂は彼女にこんな顔をさせる息子をあまりよく思わなかったが、ホリィがあまりにも幸せそうな顔で息子の話を語るものだから、余計なことを突っ込むのはやめた。




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