純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ジョセフが初めてDIOの姿を念写してからというもの、毎朝波紋を練りなおす瞑想は欠かさず行っているというのに、二階堂の吸血鬼化の進行が早まっているという指摘を受けた。DIOが着実に力を蓄えている証拠だと彼ら言ったが、二階堂は正直それどころではなく、この世に存在できるであろう猶予期間と肉体の変化にただただ焦りを感じるばかりであった。
『その時』はまだ訪れていないどころか、旅の始まりを思わせるような事件は起きていない。だからといって、(二階堂は体質のせいか波紋のコントロールがひどく苦手だったために)自分に吸血鬼DIOを倒す力量があるとは思えないから、探しに行くことも出来ない。二階堂のようにちっぽけな一人の半吸血鬼の存在が、既に決まっているであろう漫画の流れを断ち切るなんてことは不可能だろう。精々干渉できれば儲けものだと、二階堂は考えている。『奇妙な冒険』に参加できるのかもわからないでいるというのに、何も出来ない自分がもどかしい。いやひょっとしたら、もう世界のどこかで始まっているのかもしれない。しかしそれにしては嵐の前の静けさのように落ち着けない、平穏な日々が続いていた。
二階堂の目的はただ一つだ。彼女の養父に希望を託して命を落とす男を死なせない、ただそれだけのために、彼女は死ぬ気で努力を重ね、『その時』までに自分に必要なことを必死で身につけてようとしてきた。ただ『その時』がこないまま、二年、三年と時は過ぎ、彼女の髪はもう半分以上が透き通るような黄金色に染まっていて、肌の色はローマの彫刻を思わせる大理石のような白さだった。ぼってりと厚い唇が凛とした顔立ちに色気を差し込んで、二階堂は自分でもどんどん日本人とはかけ離れていく自分の容姿に困惑を隠せなかったし、否応無く人目を集めるこの容姿を好きになれなかった。(それもこれも、漫画の世界の御都合主義かと思うと余計に苛々した。)
それは生まれ故郷であるこの国でも変わらない。不機嫌そうな無表情が小さくため息を着く。
二階堂は今、ジョセフ・ジョースターによって、苦い思い出溢れる土地、日本に遣わされていた。
二階堂には彼の愛する一人娘であるホリィ・ジョースターもとい「空条ホリィ」とその息子「空条承太郎」を保護・護衛するという任務がある。これはジョセフきっての頼みであった。
ジョセフは彼のスタンドが発現してからというもの、娘に身体上の変化がないか、定期的に連絡を入れているようであった。しかしジョセフも多忙な身である。自分以外の身内によほどのことでもないかぎり、彼にできることが限られてしまうのは、二階堂もよく知っていることだ。ジョセフはDIOがジョースターに浅からぬ因縁を持っていることは重々承知していたし(彼自身も彼の祖父の肉体で生きる憎き吸血鬼には深い怒りを抱いていたのである)、吸血鬼が、ジョースターの血統を根絶やそうと危険分子を送り込んでくる可能性も否めない。そこで、二階堂要に白羽の矢を立てたのである。彼女は(体質の都合上色々な制約がついて回るものの)ジョセフが唯一認める波紋を継承する者だった。すなわち、吸血鬼やその類の者に対抗できる力を持った (現時点では)人間だったのである。そして、それほどまでに二階堂を信頼しているという証明だった。(一方の二階堂もタダで条件を呑んだというわけではない。彼女はそれまでの監視下の生活に終止符を打つという権利を手にしていた。その権利で二階堂は、かつて自分が生きていた街に行ってみることにしている。)
今回の訪問は、表向きには、日本への留学、ということになっていた。ゆえに二階堂は空条家に居候することが決定していたし、二階堂は空条承太郎の通う高校に、転入手続きも済ませてある。
日本行きを了承したあとにそれを告げられた二階堂は、今更ハイスクールなんて、と苦い顔をしたが、ジョセフが嬉しそうに(すでにサイズがピッタリな)制服を持ってきたからには断るという選択肢を既に持っていなかったことに気づき、頭を抱えたくなったものである。
多少こんがらがった転入手続きが終わるまで、まったく知らされていなかったということもあって、彼女の訪日の日程は当初の九月という予定から大きく予定がずれて、三ヶ月ほど遅れが出ていたのも仕方が無いことだった。
1987年のある冬の日、二階堂は久しぶりに降り立つ日本の地にどこか懐かしさを覚えていた。
しかし空条と書かれた表札と、堂々たる門に二階堂が絶句したのは言うまでもない。たしかホリィさんの結婚相手はミュージシャンではなかったかと思って、ミュージシャンなんて金にならないのにジョセフとは大違いな娘だなとぼんやり思っていた二階堂は考えを改めざるを得なかった。たしかに、そこそこかなり名のしれたミュージシャンならあり得なくもない。そう思いながら、インターホンを押す。無線で通話できるタイプで、真新しいそれからは返答が聞こえない。
どうしたことかと思って立ちすくんでいると、

「あらまあ!二階堂要ちゃんね?」

後ろから聞こえてきた元気な女性の声に振り向く。そこには、ジョセフとは似てもにつかない、可愛らしい女性が驚いた顔をして立っていた。

「はい、そういう貴女はホリィ・ジョースター……じゃなくて、空条、ホリィさん」

久々に口にする日本語は、うまくソースに絡まらない茹ですぎたパスタのような舌触りのようだと思った。




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