純然たる誠実に告ぐ | ナノ

日本は明治期を境に寺社分離がなされたというが、それが残念で仕方が無い。なんせ彼女に取り憑く黒い塊にはぴょんと二つの耳が生えていて、口元は尖り、ふさふさ、とは、おせじにも言えない、みるからにみすぼらしいばさばさした毛並みの尾っぽが三つもぶら下がっているからだ。せめてうちが禅宗の寺などではなくて、稲荷神社の神主とかだったら、きっと世界は違って見えたかもしれない。なんてそんなくだらないげたことを考えながら、今日も一人、二階堂はバスに揺られて流れる景色をぼうっと見つめる。黒い狐は、そんな彼女の周りをくるくると行ったり来たりしていた。
そんなん無駄だから、やめればいいのに。そんなんじゃきっと、目的地に着くまでにつかれてしまうだろうよ。
そう声をかけてやろうかと思ったけれど、どうして悪霊なんかに気を使う必要があっただろうか。それこそが全くの無駄であった。ばかばかしい。二階堂は静かに頭を振る。流れる景色にも嫌気がさしてきて、けれど目を閉じても眠れそうになかった。バスの車体がぎこちなく停止するたびに頭が揺さぶられて、目が冴えてしまう。せっかく座っているというのに、車内の設定温度が低すぎるせいだろうか、快適さはかけらもなかった。運転手にクールビズという発想がないせいだろう。ぶるりと肩を振るわせて、生地の薄くいまいちぱっとしないデザインのトレーナーの腕を摩った。いっそ運転手に無駄に着込んでるのはお前だけだと言ってやりたかったけれど、言ったところで仕方がないし、乗客はみんなすました顔して座っているものだから、自分だけの意見を押し付ける訳にもいかない。ただ、座席の左側に立った息の荒い中年男性が、更に居心地を最悪に近づけていた。まったく、移動手段のためのバスなのに、地に足つけて席に鎮座しているというのに、どこにもどうにも居場所が無いように感じられる。これでは、わざわざ街に出ようと思ったことが無駄だと言われているみたいな気分にすらなってくる。六歳児の体のせいなのだろうか、ひどく居心地が悪い。
居心地がわるいといえば、そうだ。あの家だって、どうにも嫌気がさして仕方ない。どうしてあの厳格な父と、あの、少々というにはお世辞になるほど頭と尻の軽い母が結婚したものだろうと、今でも不思議で仕方が無い。父は無駄なことばかり抱え込むようなきらいがあって、だからどうして、あの父と母から自分のような子どもが生まれてしまったのか、二階堂はまったく不思議で仕方がなかった。それとも、彼女がただ単品でおかしなだけなのかもしれないけれど。

(考えるだけ、そんなの無駄か。ばかばかしい)

目的地まで、あと何分だろう。ポケットの中に突っ込まれた整理券を見直す。4番と書かれていた。遠く掲げられた電光掲示板に浮かんだ整理券の番号は、現在、8番まで伸びている。
この整理券を無くしてはいけないとポケットに突っ込んであったがま口を取り出して、中にしまってしまおうと思ったのだけれど、中身がなかなかに残り少ないのをみて、眉間にしわを寄せた。これでは目的が果たせるかわからない。別に困るわけでもないが、時間を潰せないのは退屈だ。
どうしようかな、と思っていた矢先、目の前をちらちらと横切る狐にだんだん嫌気が指してきて、尾っぽを引っ張ってやる。すると悪霊の姿はするりと消えて、代わりに手のひらの中にひんやりとした感触が残った。
広げてみれば、百円玉硬貨が一枚。どういうつもりだ、慰めのつもりだろうか。あの化け狐の考えることは、よくわからない。とうの狐は、二階堂の座席の下からするりと顔を出す。どうやら逃げられていたらしい。少しむっとしたので、意識を無理矢理、窓の外の電柱に書かれた文字に飛ばすことにした。目的地まで着くのには、まだしばらく時間がかかりそうだった。




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