純然たる誠実に告ぐ | ナノ

「スタンドとは、君や私の生命エネルギーが作り出す、パワーあるビジョンのことだ」

アヴドゥルは自らの背後に鳥の頭を持つ男の"ようなもの"を発現させる。二階堂は初めて見る赤色のそれに、わずかばかり目を見開く。二階堂のそれとはずいぶん様相が異なっているようで、どちらかというと花京院のもっていたものに近いのかもしれない。しかしそれにしても、自分の知っているものよりずいぶん大柄である。ほとんどアヴドゥルと同じくらいだろう。彼はそれを、それを『魔術師の赤(マジシャンズレッド)』と呼んだ。

「これがおれのスタンドで、炎を自在に操ることが出来る」
「マジシャン…魔術師?」
「タロットカードの魔術師から名付けた。おれはこれでも占い師を生業としていてね」
「ふうん」
「要、君のスタンドには名前があるのか?」
「私はこいつのことを『沈黙の厄(ヴォルペコーダ・ユノー)』と呼んでる」

二階堂がさらっと言ってのけたそのスタンドの名前に、アヴドゥルは眉をひそめた。

「沈黙の厄…それを、ユノー、だと?」
「この狐は私が物心ついたときにはすでに私に取り憑いていて、しかも私の意図とは全く関係なく悪さばっかりするものだから。ユノーだなんて酷い僭称だと思って、狐尾のついた女神の贋作って意味も込めて、『沈黙の厄(ヴォルペコーダ・ユノー)』。私が勝手に付けた」
「君はその『ユノー』を誰に訊いたんだ?」
「スタンドが自称した」

ふむ、とアヴドゥルは興味深そうに頷いた。何か思うところがあったのだろうかと二階堂が見つめていると、アヴドゥルはどこからかカードを取り出してみせた。見たところカードタロットというやつで、まさか占いでも始める気かと二階堂の眉間に皺が寄る。彼女は占いなどあてにならないものは嫌いだった。
しかしそんな二階堂の心を知ってか知らずか、カードはスタンドや二階堂の人生そのものを暗示するとアヴドゥルは前置きして、二階堂にタロットを引くよう勧めた。二階堂は若干うさんくさいものを見る目を隠せなかったが、素直に従うことにする。相手はジョセフの友人だからだ。カード一枚引くことを無駄だと言って拒むほど労力を要するものでもない。

「女教皇か」
「正しくはそれの逆位置だ」

二階堂は鋭く指摘した。そして「暗示するところは、冷淡、冷酷、激情、不安定といったところか」と小さく呟く。アヴドゥルは方眉をぴくりと動かして言った。

「博識だな」
「一応一通り、調べたことがある」

ユノーが出てくるものを全て。そして二階堂は、アンタの占いは当たってるかもしれないなと口角を歪めて笑ったような顔をした。

「仮説のうちの一つだ。『ユノー』がタロットカードの一つを暗示してるんじゃないかっていうやつ。かつて西欧で宗教改革が起こった時、ローマ教会はあらゆる『教会』の象徴物に対して異常に敏感になった時期があった。その時、トランプやタロットの絵柄の中にある『法王』や『司祭』まで指摘されるようになって、だからあるデッキでは『法王(ハイエロファント)』や『女司祭(ハイプリエステス)』がそれぞれ、ローマ神話の絶対神である『ユピテル』と『ユノー』に置き換えられた」
「……君はそのユノーが、『ハイプリエステス』の置き換えだというのか?」
「アヴドゥルさん、アンタにはわかるだろ」

私のヴォルペコーダ・ユノーの姿は、絶対神にあるまじき醜さだ。女性の最高神とはとうてい思えないし、クジャクの化身だなんてのも馬鹿げている。二階堂は自嘲した。

「そう、全く当てはまらないんだ。だから私はこいつをヴォルペコーダ・ユノー(沈黙の厄)と呼んでいる」
「なるほど、確かに、その仮説は一利あるかもしれない。そして能力は…」
「『位置を入れ替える』こと。私に見えるものと、スタンドの位置を入れ替えることができる」
「……それだけか?」
「悪いか」

眉間に皺を寄せた二階堂に、アヴドゥルは悪くいっているわけではない、と前置きをした上で、言った。

「君のスタンドは余りにも『幼い』。それが気になったんだ。……まるで何かを押し込めているような、気味の悪い不安定さを感じる」
「そりゃ、どーも」
「別に、悪く言っているわけではない。客観的にそう述べているだけだ」

二階堂はぴょこぴょこ跳ねるようにして宙を動き回るユノーを見つめた。たしかにこれの容姿が変わったことは(瞳の色が変わったことを除いて)まるでなく、幼い頃から姿形はそのままである。しかしそういうものではないのだろうか、と思ってアヴドゥルのマジシャンズレッドを見上げた。
確かにこのスタンドから二階堂は力強い威圧感のようなものを感じるし、影を寄せ集めてそのまま塊にしたような二階堂のスタンドと比べたら、確かに立派なものだろう。花京院のスタンドも、二階堂のそれと違って自身を繊維状にしたり、結晶のようなものを生成することも出来た。そして彼らの持つスタンドは、二階堂のユノーと比べてずいぶん主人に従順である。二階堂の生命エネルギーから作り出されるというが、二階堂はユノーのように人に害をばらまきたいという衝動を持っていない。

「理不尽だ」

ぼそりと二階堂は呟いた。どうして自分のスタンドはこうも扱いづらい奴なのだろう。眉間にシワを寄せたまま、二階堂は席を立った。

「帰る。ジョジョに何か伝言は」
「……『危険はまだ訪れないだろう』と。それから」

アヴドゥルは突然立ち上がった二階堂に特に驚くといったそぶりも見せず、空になった紅茶のカップを持ち上げ、空いた手でユノーを指差しながら言った。

「君はもう少し、そいつと向き合った方がいいかもしれないな」
「余計なお世話だ」

噛み付くように言い残した瞬間、跡形も無く姿を消した二階堂に、アヴドゥルは彼女の忘れていった本を手にとって、やれやれとため息をつくばかりだった。





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