純然たる誠実に告ぐ | ナノ

期待を裏切らなかった例の本屋でめぼしいものを購入することが出来て、無表情ながらに上機嫌だった二階堂は、ハンリーリの市場で観光客とそれに向けた押し売りのやりとりを尻目に、一本入り込んだ狭い通りを進んでいた。路上に散らかったゴミや陳腐な土産物の山には目もくれずに歩みを進める。迷路のように入り組んだ細い道だったが、二階堂は迷うそぶりを見せなかった。

「………………」

しかしたどり着いてみたそこは、なんというか、コメントに困る場所だった。二階建ての家屋は、確かに店として開いているようだったが、通りに掲げられた看板は見当たらない。付近を歩いていた現地人に話を聞けば、良く当たる占い師の店だということだった。二階堂は躊躇していた。なぜジョセフが自分をこんなところに遣わしたのか、その意図がわからなかったからだ。彼は占いなんてあてにならないものを信じるタイプでもないだろうし、ニューヨークの不動産王が占いで仕入れる物件を決めるだなんてのも馬鹿げていると思う。だから、きっと、何か裏があるのではないかと考えて、二階堂はしばらく立ち尽くしていた。ユノーが入っていこうとするのを呼び止め、意を決して扉に手をかけた、その時。

「君が"二階堂要"かな?」

中から男の声が聞こえて、二階堂は身をこわばらせた。ヴォルペコーダ・ユノーを自身の影に潜ませ、紅い瞳が暗い店内を覗き込む。灼熱の太陽が地を焦がす昼間とは裏腹に冷えるエジプトの夜には似つかわしくない、温かな空気が二階堂の頬を撫でる。ぼんやりとした炎に照らされて浮かび上がる男の影を見つけて、二階堂は口を開いた。

「ジョセフ・ジョースターの遣いでここに来た」
「ああ、聞いている。彼は君に関して、気になることがあるらしい」
「……」
「なに、警戒することはない。おれは彼の友人だ。名はモハメド・アヴドゥルという」
「二階堂要」

アヴドゥルが差し出した手を握り返さずに、二階堂は静かに名乗った。アヴドゥルは警戒を解こうとしない二階堂を一通り眺め、彼女の抱えていた背表紙に掲げられたタイトルに目を細める。

「"人間の精神についての研究"、か。その歳で、ずいぶん難しい本を読むんだな……しかもアラビア語とは」
「悪いか」
「いや、奇しくも私が今日君に話さねばならないことに近い内容だったんでね」
「……最近の占い師は人間の精神を研究するのか」
「研究についてではない」

アヴドゥルは静かに、自身の手首に輝くブレスレットをひと撫でする。彼の背後で燃えていた炎が、不自然に勢いを強めたので、二階堂は眉を潜めた。

「要、君にはこの『炎』が見えているな?」

瞬間。二階堂の影からユノーが飛び出し、アヴドゥルの背後に立っていた燭台をひっくり返した。ガラガラと大げさな音を起てて崩れたそれに鎮座していた蝋は確かに溶けていて、炎がまやかしなのではなく現実に熱を持っていたことを示している。しかし、その炎はまだ、アヴドゥルの背後に、変わらない位置で宙に浮かんでいた。
二階堂はわずかに目を見開き、そして理解した。二階堂が抱えていた本とユノーの位置が入れ替わって、二階堂はこの醜い狐を抱える形になる。

「そういうアンタにも、この狐が見えているんだろう?」
「いかにも」
「そしてアンタは、こいつが『いったい何なのか』知っている」

二階堂はほとんど断言するように言い放った。アヴドゥルは、紅い瞳の美しい容貌の少女と、それに反比例するかのように醜いボロ雑巾のように真っ黒な狐の影を交互に見つめて、もう一度頷いた。

「我々は君のその狐の影のようなものを、側に現れ立つもの(スタンド・バイ・ミー)と称して、スタンドと呼んでいる」
「ふうん、じゃあアンタも私も同じ…」
「ああ、『スタンド遣い』というわけだ。多少、能力や外見は違っているがね」

アヴドゥルの言葉に、二階堂は花京院を思い出す。彼もきっと、このスタンド遣いという人種だったというわけだろう。二階堂は人生二度目のスタンド遣いに遭遇したことになる。しかし二階堂は一つ解せないといった表情をしていた。

「……どうしてアンタがジョジョの友人なんだ。彼は一般人だろう、スタンドは目視出来ない筈だ」
「彼とは最近知り合ったんだが……ジョースターさんが、不思議な力をもったある女の子のことを気にかけていてね」
「……」
「そこに腰掛けなさい。話は少々長くなるだろうからね。紅茶でも淹れてこよう」

店の奥に消えたアヴドゥルを見つめたまま、ユノーは動かない。戸惑っているのだろうかと思って、そしてそれは自分かと思い直した。
ジョセフ・ジョースター、彼はこの一年間と少しの間に、二階堂に多くを与え、導き、そして『気にかけて』きた。
どうしてそんな無駄なことをするのか、二階堂には全く意味が分からないでいる。
これじゃあまるで、本当の親と娘みたいじゃないか。
二階堂は少しだけ、今までジョセフにヴォルペコーダ・ユノーのことを黙っていたのを申し訳なく思った。




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