純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ジョセフ・ジョースターに付いてニューヨークに渡った二階堂を待ち受けていたのは、今までとは違った意味で壮絶な日々だった。
二階堂と出会った晩、ジョセフは「保護者は自分だ」と言ったにも関わらず、彼は名目上の里親に近かった。事実上の放任であったことは否めない。かたやジョセフ・ジョースターはニューヨークの不動産王、相当忙しい身分の人間だったため、二階堂と共にする時間はなかなかに限られていたのである。
彼についてアメリカに渡ってからというもの、彼の所有する『自宅』の一つに一人身を置くことになった二階堂の身の回りの世話は、SPW財団が主に請け負っていた。彼らには半吸血鬼である二階堂は絶好の研究対象であったために、あらゆる特別な教育プログラムと称した人体実験まがいなものがあらかじめ組まれていたのである。
しかし二階堂にとってそれらは好都合であった。二階堂は今まで、"自分"というものについて全く知らなかったためである。半年で複数の言語を理解できるようになっていたことも含めて、二階堂の頭の回転は"幾分か"といっては謙遜になる程度には早く、前世の記憶も相成って、彼女はハイスクールを修了する必要の無い程度の学力を既に持っていた。普段のインドアさからは想像もできないほどの身体能力の高さも、喧嘩においても無駄な動きを嫌うために合気道に近づいていた彼女の戦闘スタイルも、磨けば磨くほどに光る、宝石の原石のようだった。
そこにつけ込んだ財団にあれやこれやと与えられるものも、なんとかギリギリのところでこなす。彼女は学ぶことにおいて乾いた海綿よりも吸収がいいと財団の研究員たちは目を見張るばかりだった。
二階堂には既に、何としてもやらねばならないことがあったし、その意思はなによりも強固だったからには、たとえ代償として血を抜かれようと筋肉や骨髄を採取されようと構わなかったのである。二階堂にとって重要なのは、まず第一に自分の命が保証されていること、そして第二に出来るだけのことを身につけること、そして第三に自らの力で生き延びるだけの技術を身につけることであった。
二階堂はいつだかのように、自分に取り憑くヴォルペコーダ・ユノーの正体について調べるのに、財団に蓄積された膨大なデータを逆手に取って利用すらしていた。
しかし二階堂は気づいていなかった。彼らSPW財団が、その二階堂の持つ能力に気づいていたことを。
ユノーが暴れたことも十数度あったせいもあるが、それだけではない。二階堂は彼女の行動は全て監視されていたのである。月に数度ゲームセンターに通うこと、テレビゲームを一人で遊ぶにも関わらず二つのコントローラーを使用していること、そして彼女の周りで宙に浮かぶ物体等、彼らがその存在に気づくには十分すぎる現象だった。彼らの興味関心はやがてその不可解な現象へと移っていた。
とはいえ、もし仮に彼女がそれに気づいていたとしても、その暮らしは今までの中で最もましな部類に入るものだったし、二階堂もユノーもある程度満足していたといえるだろう。
ユノーの瞳は相変わらず何も映さなかったが、その取り巻く雰囲気はずいぶん柔らかくなったと二階堂は思う。
しかしその研究や教育、彼女を取り巻く環境とは全く異なった一方で、二階堂の身には大きな変化が生じることになる。
ニューヨークに渡って半年ほど経ったある日、なんの前触れもなく彼女の頭髪の先から15センチほどが、突然日の透けるような黄金色に変化した。
それと同時に、彼女の肌は黄色人種の色を失くし、紫外線にアレルギーを発症していた。
この変化に財団はあれやこれやと論争を湧き起こしていたが、二階堂はぶっちゃけそれどころではなかった。
彼女はそれに、とてつもない焦りを感じていたのである。
かつて彼女が読んだとある漫画の、少なくとも彼女の知っている場面には、『二階堂要』という登場人物がいなかった。
それが暗示することは、自分がその場面に辿り着けないこと、すなわち自分の死に他ならないと二階堂は考えていた。
彼女はもう、やることを決めている。
その意思は、彼女の生に対する執着心を何よりも貪欲にさせた。

(日の光に焼かれるなんて、冗談じゃない)

来るべき時に必要な場所で、できる限りの能力を以て、二階堂はこの世に存在したかった。

「ジョジョ、私は、人間をやめたくない」

ジョセフはその日、初めて二階堂が怯えたような顔をしたのを見た。年相応というにはあまりにも切羽詰まったそれは、死刑宣告を自ら下したかつての彼女の皮肉な嘲笑からはまるで想像出来ないそれだった。
言葉なく、彼はしっかと頷く。たった13歳の少女が抱えるには重すぎるものをその瞳に見たのかもしれない。
ジョセフは今までの人生で、三度柱の男と対峙している。そのうちの最後の一人は、エイジャの赤石を手に入れることで陽の光を克服したことを彼は覚えていた。

「お前に、太陽の波紋を授けよう」

彼女のその意志は、人でいたいと切に願う、何よりも純粋な心からくるものであるとジョセフは確信していた。彼女はあいにく、まだ、吸血鬼ではない。日に日に広がる二階堂の変色を、留めることくらいはできるだろうという予測は間違っていなかった。

間もなく彼らは、大西洋を漂っていた小舟と鉄製の空箱の話を耳にすることになる。




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