純然たる誠実に告ぐ | ナノ

ジョセフはその吸血鬼の子孫である二階堂の身柄を引き取りに来たのだという。それはつまり、二階堂とジョセフの間には血縁関係が全く無いことを示していたが、二階堂は自分の身柄に関してもはやそんなところにはこだわっていない。
ただ、二階堂は未だにジョセフの話を信じる気にはなれなかったし、ただこの目の前の人物が何者なのか、警戒せざるを得なかった。
ジョセフは万が一二階堂が吸血鬼化していたら、危険が及ばないように処分するようにと言われていたことも苦々しく告げた。二階堂はそのジョセフの誠実を評価していたものの、ジョセフの言ったことの半分も信じていない様子は変わらなかったが、彼はそれ以上語らない。二人の話は膠着状態に陥ったのを察して、二階堂はしぶしぶといった様子で折れた。

「では仮に、それが事実であるとしましょう。私以外の子孫はどうしているんですか」
「皆短命でな…多くは成長すると同時に吸血鬼と化してしまった末に、知らずに浴びた太陽の光によって塵と化してしまったそうじゃ…わしも、その子孫に会ったのは君が初めてでの。わしは、君がその最後の一人ときいておる」
「……」

二階堂は右耳のピアスに無意識のうちに触っていた。吸血鬼化。彼女はその単語に対して、身に覚えがないわけではなかった。彼女はつぶさに『あの日』の自分を思い返す。そしてその記憶が、五年間のうちに現れた自分の体に現れた、奇妙な変化が仮説としてジョセフの話につながる。あの日、自分はきっと、人ならざるものへの歩みを一歩進めたのではなかろうか。奇しくも、彼女はジョセフの言葉を信じはじめていた。

「見てください、この毛先」

彼女が摘んでみせた長い黒髪の毛先5センチ程が透き通るような黄金色に染まっているのに、ジョセフが気づいていなかった訳ではないだろう。しかし二階堂は右耳に陥没したような円形のデザインのピアスをしているし、最近の小学生はませているという認識から、きっと染めているのだと勝手に思っていたが、二階堂が「自然に生え変わったのだ」と断言したからには眉をひそめた。二階堂はそして何かを思い出すようにして、目を伏せる。そして、ぽつりぽつりと語り出した。

「かつて私には、大切だと思う人がいました」
「かつて?」
「ええ、あれはたしか、小学校一年生の時です。彼は私の同級生でした。私はその時既に、いろんな問題を抱えていて、だからか学校でもいつもひとりでいることが多かった」

よくない噂もなにもかも、一手に引き受けたような存在だったと二階堂は無表情に自嘲する。今だってそれは変わらないが、あの時と違うのは、隣に花京院がいないということくらいの違いかもしれない。

「でも、彼だけは、”他の誰とも”違ったんです」

花京院は暗闇で卑屈になっていた二階堂に陽が射すように、手を差し伸べてくれた。一緒に時間を過ごしてくれた。何度か家にも招待してくれたし、一緒に遊んだ思い出は二階堂にも素朴な人間らしい幸せがあったこと、それを確かに自覚させていた。

「だけど結局、それも私が壊してしまった」

ジョセフは至極悲しそうな、それでいて苦虫を噛み潰したような表情になった二階堂を見つめ、彼女がそれを深く悔いていることを察した。

「…図書館の帰り道、二人でいる時に、暴漢に襲われたんです。彼の頬がナイフで切れ、血が頬を伝ったのを目にしたとき、私は確かに自分の血液が沸騰するような怒りと、灼けるような喉の渇きを感じました」

ジョセフは僅かばかり目を見開く。二階堂はそれに気づいて、やはりそれが吸血鬼としての衝動なのだろうと付け足した。

「それから私は完全にプッツンしていて、気づいた時には、男の顔の原型が分からなくなるまで容赦なく、まったく格闘ゲームの中でそうする時と同じように急所を狙い続けて、蜂の巣よりもボコボコにしていました。彼が直前で私の名前を呼ばなかったら、きっと男の息の根も止まっていたでしょう。結果私は自分の殺気で彼に吐くほどの恐怖を植え付け、その後は触れることも話すことも出来ないまま……あの街を去りました」

それからしばらくしてからです、髪の色が変わり始めたのは。一息ついた二階堂はシニカルに笑っていた。

「こんな化け物、きっと、処分してくださるのが正解だ」

あのとき私は、大切な人を護れなかった。
"私"が今までの人生で犯した最初で最後の不誠実だ。
私のその不誠実がこの血のせいであるというのなら、私はこの血の運命をなぞって然るべきだと思っている。太陽の光に焼かれて死ぬなんて、なかなかドラマチックじゃないか。
口角を歪めてそう言った二階堂とジョセフの間は、しばらく重い沈黙が流れる。二階堂はハーブティーを空にし、ジョセフはボトルを一本丸々開けてしまってから、ジョセフは呻くようにして沈黙を破った。

「自殺は認めん」
「……どうしてアンタが決めるんだよ」
「お前さんの保護者は今からわしじゃ。保護者はお前さんの死を望んでおらん」
「なにを甘ったれたことを……化け物が自ら処分を望んでるんだ。リスクぐらい回避するのがあたりまえだろう、まして私はアンタの祖父の仇の子孫だ…!」
「ならん」
「私みたいな化け物にアンタの情けなんてまるで無駄だと言っているんだ!」
「ならん!」
「何故ッ!!」

紅い瞳が凄みを帯びてつり上がる。牙を剥くようにしてジョセフを睨みつけた、まるで野犬のような二階堂の様子に、ジョセフはやれやれといった風に肩をすくめる。しかし芯の通った強い目はまっすぐに二階堂を見つめていた。

「このジョセフ・ジョースターは君の誠実を踏みにじるような真似は決してしないッ!!」

その瞬間、この男にナイフでも突きつけられたかのような衝撃が二階堂に刺さった。茫然自失とせざるを得なかった。見開かれた両目から広がる二階堂の視界がじわじわと霞んでいく。ジョセフは続けた。

「君はかつて、その男の子にとんでもない"不誠実"を働いた、と言っていたなッ!?その子に、借りを返そうと思わんのか!!」
「……なにを、どうやって」

きっと彼はもう自分のことなんかどうだっていいと思っているに違いないし、そんな未練がましい真似はごめんだ。苦し紛れにそう吐き出した二階堂の目から、ぼろりと涙が落ちる。感情の堰が切れたように、二階堂は嗚咽を零していた。

「まずはその性根腐ったネガティヴ思考をどうにかすることからはじめるかのう。やれやれ、わしの孫と同い年とは思えんわ」

どうして自分が泣いてるのかもわからずにただただ泣きじゃくる二階堂を見て、ジョセフはようやく、この娘がたかだか12歳になろう子どもであったことを思い出して、ホッとしたように息をついた。




×