純然たる誠実に告ぐ | ナノ

図書館でいつものように本を広げていたときのことだった。

「母さんが、遊びに来なさいって言うんだ」

どこか気まずそうに花京院が切り出して、二階堂の表情を伺った。二階堂は別段驚いた風でもなく、じゃあいつにしようか、と返しただけだった。彼女の目は相変わらず小難しい画集の解説に向かっていたけれど、無視するでもなく平然と返事をしたことに、しかもそれが全く花京院の予想と180度ひっくり返っていたからには、彼は空いた口が塞がらなかった。

「何を呆けたような顔してるんだ」
「だって君が、そんな風に返すとは思ってもみなかったから」

空いた口を両手で覆って、ふふ、と彼はおかしそうに笑う。そんな花京院に二階堂はなんともいえない表情で、どこかふてくされたように言った。

「……お前は私をなんだと思ってるんだ…」
「氷のような血が通った蝋人形」

思わず眉間に皺を寄せた二階堂に、「冗談だよ」と花京院は続けた。絶対嘘だ、と思うと同時に、花京院がこうした辛辣なことを言う頻度が増えてきたように感じる。お前そんなんじゃますますぼっち拗らせるぞ、二階堂の老婆心が痛んだ。

「二階堂といると驚いてばかりだ」
「何も驚くことはないだろ」
「だって君ったら…」

そこまで言って、花京院は口ごもる。二階堂はますます眉間に皺を寄せた。

「私がなんだっていうんだ」
「いや、別に…なんでもないけど」
「ふうん」

二階堂は視線を画集に戻す。花京院は、嬉しそうに目を細めて言った。

「でもさ、二階堂、変わったよね」
「……」
「僕、最初、嫌われてると思っていたんだ」
「そりゃあまあ、ああもつきまとえば、そう感じるもんじゃないの」

君は私が人嫌いだって知ってるだろう。二階堂がそういったのに、花京院はうなずく。僕だってそうだ、というつもりだろう。

「けど僕にはそれが見えたのに、二階堂はいっこうに無視するもんだから。僕がまったく傷つかないとでも思ったのかい?」
「さあな」
「それに二階堂はその狐を抜きにしたって、クラスの誰とも違ってたものだから」
「当たり前だろ」

誰かと同じような人間なんていない。そう二階堂は切り返したが、花京院はそうじゃないんだけどなあ、と微妙な表情を浮かべた。その実彼女は、彼が言いたかったことをきちんと分かっていた。分かっていたから、ないがしろにするような返事をした。
彼はきっと、欲しかったのだ。二階堂のような、「ちょうどいい」存在が。そして二階堂にもきっと、花京院のような存在が必要だったのかもしれない。

(彼が言ったとおり、私はきっと寂しかった)

二階堂は素直ではないので絶対言ってやらないと固く心に誓っていたが、二階堂は花京院に感謝していた。家庭環境云々のトラブルが既にあったとはいえ、ユノーがついてまわるせいで余計にひねくれて曲がって歪になってしまった二階堂の七年間を、いとも簡単に受け入れてしまったこの少年をとても好意的に思っていた。そしてそれが意味するところは、二階堂はもう、花京院に対して不誠実であってはならないということだった。だからといって二階堂に花京院の過去を受け入れる筋合いはない。けれど、(これからも友達や理解者を作ることのなさそうな、という意味も兼ねて)花京院のこれからを受け入れねばならないだろうという覚悟をしていた。

「ねえ、二階堂」
「なに」
「要って呼んでもいい?」
「……好きにすればいい」

いつもの二階堂ならばスルーしていただろうに、二階堂は小さくそうつぶやいた。いつの間にか敬称だって取っ払っていたくせに、今更なに無駄なことを聞いているんだか、と二階堂は思う。しかし名前で呼ばれるなんて、ずいぶんと久しぶりな気がする。けれど最後に呼んだのはきっと花京院の母親だったと思って、ならばこの少し気恥ずかしいのはどうしてか。二階堂はゆるゆると違和感を感じる頬を抓ってみた。痛みがあるだけ正常だろう。
花京院は嬉しそうに笑っていた。



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