純然たる誠実に告ぐ | ナノ

その日は珍しく、二階堂はゲームセンターにいた。花京院は放課後、日直の当番だとかで居残りがあったから、遅くなるとかで、二階堂は何をするでもなくまっすぐ家に帰るという選択肢は取らず、ランドセルを背負ったままゲームセンターに向かうことにした。学校から駅まで行くとなるとバスが一番早いけれど、最近は夕食を買うだけでなく、放課後花京院と買い食いしたりとなんやかやでお金を使ってしまっていたために、所持金は少なかったので、歩くことにする。喧嘩して巻き上げた、なんてことも久しい。ずいぶんと平穏な日々だと二階堂は少し新鮮な気分だった。
(余談だが、二階堂はゲームセンターに行かないがために出来た手持ち無沙汰な時間を、たいていは図書館で過ごしている。自分だけではないと判明したヴォルペコーダ・ユノーのような"能力"とはいったいなんなのか、探してみるつもりであらゆる本を読み漁っていた。最近では花京院がついてくることも少なくない。)
かくして二階堂は久しぶりにゲームセンターの自動ドアをくぐったわけだが、その紫煙が混じって淀んだ空気とあふれんばかりの機械音による喧噪を、二階堂は以前のように心地よいとも感じなかった。騒々しい音に若干眉を潜める、しかしゲームのことは大好きだ。まっすぐ格ゲーのコーナーまで向かって、コインを押し込む。
赤子の手を捻るより簡単だと思いながらCPU相手にウォームアップして、通信対戦でランダムに選ばれた相手を二、三人、親の仇のように一方的に叩きのめしてからユノーを見やれば、ひょこひょこと二階堂の手を掴んで反対側のコントローラを叩かせる。どうやらやりたいらしい。こうして対戦するのも久しぶりかと思いながら、反対側のコントローラにも百円玉を押し込んだ。
二階堂はこの狐と対戦するのは(どういうわけかゲームに関してはユノーも二階堂と同じくらいの腕を持っているため、力でねじ伏せるというわけにもいかないので)常に一方的な展開にはならなかったからあまり好きではないのだが、熾烈を極めるバトルも嫌いではない。手を抜けば負けるようなゲームは久々だと思って、コントローラを握り直す。
ユノーとの対戦は完全に読みゲーだ。攻撃をかわしながら次の手次の手を考えないと、ユノーのテンポにどんどん引きずりこまれてしまう。全く狐はどこで習ってきたのかわからないが、二階堂の繰り出すコンボを絶妙なタイミングですり抜け、ふとした隙にコマンドを叩き込んでくるのだ。冷や汗が垂れたと思ううちに、調子に乗って挑発してきたキャラクターにテクニカルコンボを決めてやった。まったくこういう時ぐらいおとなしく教育されてろってんだ、と思った時には攻撃を食らっているから腹が立つ。
なんとか勝ちをねじ込んで、画面にYou Win!!!の文字が表示されてから、二階堂はふぅ、と大きく息をついた。あとちょっと、一秒の半分ほどの時間で、最後の決定打が遅かったら負けていただろう。もはや小学生がやるレベルではないバトルに自然と集まっていたギャラリーががやがやと二階堂を賞賛した。二階堂はうるさいのは嫌いだ、と言わんばかりに、台を離れる。
ついでにやる気まで削がれてしまったので、少し早いが今日はもう切り上げようと思って、ゲームセンターを出てしばらく。先を行っていたヴォルペコーダ・ユノーが、何かに気づいたかのように振り返った。そして二階堂の袖をちょいちょいと引いたので、仕方なく立ち止まる。
狐の視線の先を振り向くと、どこからかなめつくような視線を感じた。その気配の先がどこか分からなかったので、二階堂はさっさと踵を返して歩みを早めることにする。
狐はしばらく二階堂の背後のその先をずっと見つめていた。結局無事に家にたどり着いたものの、嫌な予感など、しないわけがなかった。




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