純然たる誠実に告ぐ | ナノ

花京院はいい家柄の子どもであろうと予測していたが、どうやらそれは正しかったらしい。小綺麗な一軒家に親子三人で暮らしているようで、よく手入れされた玄関先の植木鉢には綺麗なプリムラの花が咲いていた。インターホンを鳴らせばすぐに、二階堂の家のような殺伐とした雰囲気は微塵も感じさせないような、おまけにとびきり美人な母親が愛想良く迎えてくれた。
二階堂はさっさと封筒を渡して帰ろうとしたのだが、上がっていってくれと言われたからには断りにくかった。なにせ、相手は儚げで優しそうな美人だったものだから。なにもするなよ、とユノーをひとにらみして、彼女の言葉に甘えることにする。

「典明ったらね、昨日はすごい熱を出したのに、今日の昼には下がっちゃったのよ」

そういって彼女は温かい紅茶を淹れてくれた。茶菓子にと美味しそうな焼き菓子を幾つか添えて。おまけに、熱いから注意してね、なんて心遣い付きで、二階堂は自分がまるで場違いなところに来てしまったという思いがしてならなかった。ユノーはさっきからどこかへと姿を消していたから、何も悪さをしていないことをただひたすらに祈る。この繊細そうな女性を傷つけるべきではないと、二階堂は深く思った。そんなどこかよそよそしい二階堂を、花京院のことを心配しているのだ、と捉えて、微笑ましいと思ったのであろう。

「今は二階でおとなしく寝てるわ」

花京院の母は、紅茶をすすりながら、二階堂の知っている優しい笑顔に似た微笑みを浮かべた。

「元気になってくれるなら、よかったです」

紅茶はじんわりと喉の奥を暖める。香りもいい。きっと高いものなのだろうと思いながら、花京院はつくづく恵まれた奴だと小さく息をついた。

「私ね、実は心配してたのよ。あの子ったら、全く友達を連れてこようともしないから」

ひょっとしたら友達いないんじゃないか、ってね。少し悲しそうな笑顔になった彼女に、二階堂は口が裂けても「そうですね、彼って友達いませんから」なんて言えなかった。

「……まあ、でも、彼は結構人気ですよ」

女の子に。ちびちびと紅茶を飲みながら、世辞をぼそりと呟く。嘘は言っていない。それに、世辞といえども、二階堂と花京院の大きな違いはそこにある。二階堂は不可抗力で、もとから相手に拒まれるような立場に立っているのに対して、花京院はどこまでも自分から拒む子どもだったから。
二階堂は七年ぶりくらいに他人に気を利かせて、花京院はいつも自分に話しかけてくれること、最近では登下校も一緒だというような話をした。それを聞いた花京院の母親は、とても驚いたような顔をしていた。彼はどうやら学校でのことも話さないらしい。
その時だった。ばたん、と上から何かが落ちるような大きな音が聞こえてきて、二階堂は青ざめる。もしかしてユノーがまた悪さをしたのではないかと思って、心の中でとっさにユノーを呼んだ。しかしユノーは天井からするりと姿を現したものの、何をそんな焦っているんだというかのような表情で二階堂を見つめる。
続けてぱたぱたと階段を駆け下りてくる音が聞こえて、リビングのドアにパジャマ姿の花京院が姿を現した。

「母さん、うちに…」

そういったところで、花京院は紅茶をすすっている二階堂を見つけた。心底驚いたような顔をしている息子に、母親は笑いかける。

「よく気づいたわねえ、要ちゃん、さっきいらしたのよ」
「…プリントを持ってくるよう、先生に頼まれたんだ」

花京院は二階堂と目が合うと、とたんに顔を真っ赤にさせて俯いた。パジャマ姿だったのが恥ずかしかったのだろうか、二階堂は首を傾げる。

「あ、ありがとう」
「熱は下がったんだって?」
「うん、もう元気だから、多分明日は学校に行けると思う」
「そう、よかった。…それじゃあ、そろそろ私はお暇します。花京院くんの元気そうな姿も、見れたし」
「そう、残念だわ。要ちゃん、今度はゆっくり遊びにきてね」
「はい。紅茶、ごちそうさまでした」

そういって二階堂は席を立つ。母親に言われて、花京院が玄関先まで見送りにきた。

「さっき、君の狐にベッドから落とされて目が覚めたんだ」
「……それは…」

悪かった、と二階堂は素直に謝った。けれど花京院はどこか恥ずかしそうに、でも今日はありがとう、と笑う。

「あのさ、今度また、遊びにおいでよ。僕、けっこういろんなゲーム持ってるんだ」
「じゃあ、そうしようかな」

二階堂は彼がこうして赤面しているのをひどく新鮮に感じて、軽く笑ってしまった。それに自分でも気づかないまま、

「じゃあ、また明日」

そう言った二階堂に、花京院はまた驚いたような顔をして、それからとびきりの笑顔でまた明日、と手を振った。




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