純然たる誠実に告ぐ | ナノ

日増しに寒くなっていく時期のことだった。
いつもの交差点に花京院がいなかったから、二階堂は若干驚きつつもわずかな親切心で5分程待ってから学校に向かうことにした。結局学校にも花京院はおらず、内心置いてきたかとヒヤヒヤしていたが、結局彼を朝礼までに見ることはなかった。
だからその日は珍しく、ひさしぶりに二階堂が一人になった日で、そのせいか彼女は心なしか居心地の悪さを感じた。それほどまでに花京院が自分の視界の一部に映り込んでいたのかと思うと、なんだか複雑な気分だった。いつもつきまとってくるだけの子どもだと思っていたのに、これでは調子が狂うじゃないか。二階堂は眉間に皺を寄せる。そんな二階堂を面白そうに笑うヴォルペコーダ・ユノーを殴ってやりたくなったが、ユノーを殴れば自分が殴られたかのように痛い思いをすることはもう実証済である。以前不良に絡まれた時に盾代わりにした時に、二階堂の頬が三日間くらい腫れ上がったというだけの話だった。それ以来二度とやらないと心に誓っているし、ユノーを危険な目に遭わせれば自分も例外無く危険に陥ると悟っているから、だから二階堂は悪さばかりする狐を叱ることもしつけることも出来ないでいる。やったって無駄だからだ。
そんないやらしい狐の視線に飽き飽きしてきて、そうかならば花京院のおかげで最近ご無沙汰していた「放課後ゲーセン直行」が出来ると、内心うきうきし始めていたときのことだった。

「典明くんが風邪をひいちゃったみたいでね」

担任の教師が放課後に二階堂を呼び止めたと思ったら、そう切り出された。二階堂は誰のことだ、なぜ自分にそんなことを言われなきゃならないんだ、という思いの籠った目で担任を見上げたが、彼女はにこにこと笑うだけだった。それから二階堂は「花京院」の名前が確か「典明」であったことを思い出して、ああ、そうか、とひとり納得する。そして再び、だからといって自分に声がかかる義理はないはずだと思った。担任はそんな二階堂の視線にまったく臆さず(というところが七歳児の困ったところだと思う、にらんだってせいぜい上目遣いになるくらいなのがひどく不便だった)、にこにこと笑顔を浮かべたままだった。

「今日の朝、連絡があったの。今日は配布物が多かったでしょう?だから持っていってあげて欲しいんだけど…」
「先生、私、花京院の家がどこかは知りません」

それ以前にそこまで仲良くないんだけど、という理由でバッサリ断ってやるのも気が引けたので、二階堂はそうやんわりと断ろうとした。すると彼女は「そうなの、じゃあ住所ちょっと確認してくるわね」と、そう残してぱたぱたと職員室まで駆けて行った。廊下を走るなと注意する身分がなんてことだと思いながら、二階堂は唖然とせざるを得なかった。どうしてクラスも違う自分がそこまでやらねばならないのか。そしてどうしてアンタはそこまでして…と内心苛立ち、どうしてこんな無駄なことをしなければならないのか、「花京院お前友達くらい作れ」と小さく恨み言を吐いた。そのうち担任が戻ってきて、教師らしい達筆で印が着けられた地図と封筒をいそいそと二階堂に渡してきた。

「結構近くだから、迷わないと思うわ」
「ハア、ありがとうございます」

ちなみに、二階堂が花京院の家がどこか知らなかったのは、嘘ではない。必要がないと思っていたし、二階堂から言わせてみれば、「そんなん無駄だ、知ってなんの特になる」といったところだ。

「今日は寂しかったでしょ?」

だから先生頼まれちゃった〜。など笑顔で抜かすこの女に、二階堂の頬は引きつったまま、さようならの五文字を吐き出すのが精一杯だった。
おかげでゲームセンターには行けそうもない。ユノーがまた面白そうに瞳を細めたので、ついイラッとしてその頭を叩いた。自分の頭もついでに痛んで、更に嫌な気分にさせられただけだった。




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