純然たる誠実に告ぐ | ナノ

突き放すのは、簡単だと思っていた。
今まで二階堂に興味を持った人間はみんな、狐の起こす悪戯にやがて気分を害して二階堂を怖れ、やがて離れていくのが普通だったから。

「今日はここにいたんだね」
「……」

けれど二階堂の意に反して、花京院は彼女を目ざとく見つけては、とくに何をするでもなく一緒に過ごす時間を増やしていった。花京院は隠れるようにしてひとりになる二階堂を見つけ出すたび、自分が宝物でもみつけたかのような笑顔で二階堂に話しかける。
だいたいは休み時間図書館で並んで本を読んだり、 ユノーが荒らした花壇を一緒に世話したり、屋上で何をするでもなく空をぼうっと眺めたりする程度だった。その間二階堂が花京院に口を開くことはほとんどなかったが、しかし過ごす時間が増えていくその一方で、不快に感じることもなかった。そして花京院は、話しかけても無視される場面の方が圧倒的に多いにもかかわらず、いっこうにめげたり飽きたりする兆候を見せなかった。最近ではどうしてか、登下校まで一緒になりつつある。彼が付いて回るせいで、二階堂はここのところ全くゲームセンターにも足を運べていなかったのが唯一の不満だった。
友達を持たない、持とうともしない、物静かでクラスでも影の薄い二階堂を心配していた担任の教師からしてみれば、この進歩は微笑ましいものであったが、二階堂は依然として、この自分への継続的な干渉に戸惑っていたのかもしれない。
二階堂は花京院とすごすうちに、彼のことで、いくつかわかったことがある。花京院は前世の記憶を持っていない、正真正銘の子どもであること。彼は緑色にキラキラ光る人型のそれを持っていること。それは二階堂の狐とはまったく似ていないこと。そして、花京院は、二階堂以外、必要以上に他人と関わることを避け、まるで友達を作ろうとしないこと。
最初は、自分を真似ているのかと思った。
花京院は男女共通にネクラ扱いされている自分と違って女の子たちには人気があったし、二階堂の前では微笑んでいることが多かったものだから。しかしそれが只の自意識過剰であったことに気づく。彼は廊下で同級生に声をかけられても目を合わせないどころか平気で通り過ぎるし、彼が同級生たちを見つめる目には、二階堂ともどこか違った空虚が感じられた。道端に転がる石ころと同じように『どうでもいい』と思っているのだろう。他人に対して全く無関心な二階堂でも、自分を棚に上げて彼の将来を案じてしまうような対応だった。今日も今日とて二階堂のとなりでひらがなばかりの絵本を開く花京院を尻目に、文庫本を静かに閉じた。

「私といたって時間の無駄だろ。外に遊びに行けよ」
「ぼくは二階堂さんと一緒にいるのが楽しいんだ」

そういって聞かないから、二階堂は眉間に皺を寄せるしかない。

「お前、そんなんだと一人になるぞ」
「それでも僕は二階堂さんといたいんだよ」

二階堂は小さくため息をつく。言っても無駄なことならば二階堂はもうそれ以上彼に言うのはやめることにするが、自分のせいで他人の心に歪みをつくるのはいただけなかった。
ここ7年ほどの人生に辟易して多少スレていようと、純然たる人間の心を持つ彼女が、花京院から掛けられる言葉を無視しつづけることに罪悪感を感じないわけではない。
そして二階堂は常に自分が永世中立的でなければならないという以前に、まず第一に人に不誠実でいることを嫌うようになっていた。
彼女には、ユノーのせいであろうと無かろうと、自分に非があってはならないのだ。
というのが、彼女の精一杯の弁明であり、言い訳だった。
それはむしろ、絆された、というべきなのかもしれない。
二階堂は彼から向けられる無償の情けに、背を向けられなくなっていた。

「……どうして」

ほとんど泣きそうな表情になっている二階堂を見て、花京院はいつものように、彼女だけに見せる、とびきり優しい笑顔を向けた。

「ずっと寂しかったから」
「君が?」
「僕も、君も」

そのとき、花京院は初めて、二階堂が美術品のようなポーカーフェイスを崩す様を見た。
今まで見たどんなものより美しい、一縷の涙だった。



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