100000!!番外if詰め合わせセット | ナノ

ブローノ・ブチャラティがその情報屋と対面したのは、これまでにたったの一度きりであった。彼女はここ数年でイタリア南部の裏社会に名を馳せるようになったばかりの、二つの意味で、毛色の違う人間である。それはまず第一に、彼女が女性であったということ。彼の組織における男女の比率においても言えることだが、彼の身を寄せるこの世界において女性は圧倒的少数であったし、幹部という立場にまで上り詰めることのあった女性は指折り、おそらく後にも先にも片手に収まってしまう程だろう。それもぽっと出で、たった数年で、裏の世界で名の知れることになる女性など前代未聞のことであった。第二に、彼女はどういうわけか東洋人であった。ジャッポーネの名を名乗る情報屋など、今まで彼の所属するチームの幹部も聞いた事がなかったのも当然の事であろう。それが尾を掴ませないための偽名なのか、それともたまたまジャッポーネの名を気に入っているからなのか、顧客の印象に残りやすいようにとの売名行為なのかは分からなかったが、ブチャラティが彼女と対面したとき、それが十中八九偽名であると信じて疑わなかったものだ。彼は未だにはっきりと、鮮明にその時のことを思い出すことが出来る。黄金色の髪、切れ目長の、深い色のルビーのように赤い瞳、陶磁のように滑らかな白い肌、まるで美術館の彫像が生きて動いているかのようで。

「そうか君が、ポルポの"お遣い"か」

そして口から飛び出した流暢なイタリア語、ブチャラティは静かに息を呑む。「彼もずいぶんと色のいい男を飼っているじゃあないか」表情の色は全く変わらない、それが彼女にとっての最大限の冗談だったことにブチャラティはギリギリ気付くことが出来なくて、ただ乾いた口の中を嚥下した。

「君は勇敢で、誠実な眸を持っているね。君のような人間を、私は何人も知っている。この残酷な世界で、もっとも自分に酷だが、価値のある、もっとも美しい行き方だと、私はそう、評価する」

自分と大して年の変わらない女性だという印象が瞬く間に崩れるような気がした。まったく妙齢の美貌でありながら、全く老年の騎士の様に胆の据わった、冷たく静やかでありながらも根底に燃えるような熱を孕んだその眼差しとその声に、言葉に、ブチャラティの心臓が震える。彼はそれを恐怖と受け取ることが出来たし、それをまた別の感情で受け取ることも出来た。

「はじめまして、ブローノ・ブチャラティ。怖がらなくっていい、なにも恐れることはない。友だちになろうじゃあないか」

差しだされた掌は、まるで爬虫類か何かのように冷たかった。勧められた席に腰掛けて、彼女はコーヒーを注文する。「カッフェでよかったかな?」「何だって構いません」彼女はそうか、と小さく相槌を打って、ウエイターを呼びとめる。そもそも長居するつもりもなかったというのに、彼女の目的は果たして本当に"ポルポへの情報提供"だったのだろうかとブチャラティは眉を顰める。「君について、少し調べさせてもらっていてね」情報屋は一ミリも表情を変えることなく話を切り出した。

「結果から言うと、私はフィッリョ・ディ・ポルコよりも、君の方を気に入ったんだ。君とは協力関係を結びたい、だからわざわざ、アレの前に餌をちらつかせたんだ……っと、ああ、そこのガンマン、私のことを殺そうとはしないでくれよ。私を殺すと、文字通り"収集のつかない"ことになる…もう一杯注文しようか、それとも、"君の小さな友だち"のためにバゲットでも頼もうか?」

彼女は彼女のちょうど背後に座っていたミスタに向けて口早に告げる。「君らは私を殺しにきた、それくらいは分かっているさ」カッフェは冷めてしまったようで、彼女は小さく眉を顰める。

「いずれにせよ、私は死んだことにならなくっちゃあいけない。一回くらい、名前を変えておくべきだった。だからとても、君たちとは、都合がいいんだ、わかってくれるかな」
「俺たちに拒否権は」
「ないね、残念ながら、それ以外の道は潰してしまった」

摘んだオリーブの実を噛み潰して、情報屋は静かにそう宣告した。ブチャラティとグイード・ミスタは生唾を呑んだ。彼女の後ろに何があるのか、彼らには全く想像することが出来ない。だというのにも関わらず、彼女はその瞳の色を一ミリも薄めない。まったくそこらのギャングよりもよっぽど卑怯だ。スティッキー・フィンガーズを発現させることもできない、これでは蛇に睨まれたカエルのようなものだ、と思って、そして小さくため息を吐く。

「何が目的なんだ」
「最終的なものだとしたら、君に言う必要はどこにもない。ただ、君はこれから最も新鮮な情報網を、いつでも手に入れることが出来る、私は一度"確実に"死ぬことができる。それでいいじゃあないか」

最後にため息をひとつ、諦めたブチャラティは、カッフェに口を付けた。それが合意の合図だというのは、彼女にもわかったのだろう。

「ポルポに私の名前は聞いていたかい?すまないね、実は、あれは全くのウソなんだ」

彼女はそこで初めて笑顔を頬に纏う。いたずら好きの少女のような微笑みだった。




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